≪内容≫
教師を辞め、無言症の専門家として病院のセラピストの仕事についたトリイは、謎めいた三人のケースに関わることになった。9歳のカサンドラには現実の存在とは思えぬ妖精のような雰囲気があった。虚ろな目つきをしたかと思うと、感情を爆発させて暴れ、その後何日間も無言を通す。最大の問題は、悪質な嘘をつくことで、傷つきやすい他の子どもだけでなく、大人までパニックに陥れた。これも実父に2年間誘拐されていた影響なのだろうか。そんななか、トリイは遠く離れた町の有力者から4歳の孫ドレイクを話せるようにしてほしいと強引な要求をつきつけられる。いつも大きなトラのぬいぐるみを抱えた活発で愛くるしいその少年は、人とコミュニケーションをとりたがっているようなのに、なぜ母親以外には決して話さないのか?さらに、老人科のソーシャル・ワーカーから懇願されて、トリイは脳卒中で話せなくなった老女ゲルダの様子も見ることになる。やがてドレイクの母親からは驚くべきことを打ち明けられ、一方、カサンドラにも意外な側面が見えてくる…。いずれのケースも進展を見せず、思い悩むトリイの前に明らかになっていく真実とは?情緒障害児との心の交流を描き、世界中に感動を呼ぶ著者が、家族とは何か、その真の意味を問う感動のノンフィクション。
今回は悪質な嘘や暴言に悩まされるカサンドラ、母親にしか話さないドレイク、脳卒中で話せなくなった老女ゲルダの三人。
三人の話せなくなった理由はそれぞれ異なる。トリイは辛抱強く三人に向き合っていく。
本書ではゲルダはトリイのボランティア的な活動だったため、主にカサンドラとドレイクが中心となっている。ゲルダは高齢だが、タイトル「霧のなかの子」の一人で間違いない。
大人がつけた傷を大人が放棄するわけにはいかない
「あたしが知りたいのは」と彼女はすごく穏やかな声でいった。「どうして?ってことなの。お父さんはあたしのことをそんなに大好きだったんなら、どうしてあたしをあんな目に合わせたのかってことなの」
カサンドラの暴言や暴力、その場を支配しようとすること、自分のペースを崩されるのをひどく嫌うこと、それらにはもちろん原因がある。
カサンドラはトリイに対して「あんたはバカ」とか「ブス」とか「前の先生の方がよかった」とかとにかく悪態を吐きまくります。大人だって根を上げそうになるくらい。
だけど彼女の言動にどれだけムカついても、そこには原因がある。
でも、あたしが泣いたら、おじちゃんはもっと怒った。ほんとに、すごく、すごく怒った。ときどき、床に新聞を広げて、その上でうんちをすることがあった。それからそれを持ってきて、あたしの口に入れるんだよ。おまえがクソみたいなことをいうから、クソを入れてやるんだ、これで黙るだろうっていって。
今も泣くと口にうんちの味がするから泣きたくないと涙するカサンドラ。
カサンドラの心の中にある"困った場所"には、おじちゃんがどっしりと座りこんでる。静かにしてるとおじちゃんのことが喋り出すんじゃないかと思って、カサンドラは喋り続けた。
カサンドラの心の中は他の誰にも見えない。カサンドラは一人で困った場所にいるおじちゃんから逃げ続けていたのだ。
「黄昏どきにポーチの踏み台にすわっていた」ゲルダがいった。「昼でもなければ夜でもない。なにもないんだ。黄昏の中にはなにがあるのか、だれにも見えない。なにもないのと同じなんだよ。あたしがそこにいるのが父さんには見えなかった。父さんはティムを売るといった。あたしがどうしたいかなんてどうでもよかったんだ。あたしがそこにいるのが見えてないんだから」
大人になったゲルダの言葉。
小さいときのこういう記憶って消えないんだよなぁと改めて思う。シーラが母親に自分をハイウェイに置いて消えてしまった理由を知りたがったように、カサンドラがなぜ父親が自分に嘘をついて遠くに連れてきたのかを知りたいと思うように、解決されない理不尽な出来事は大人になっても消えない。
- 作者: トリイヘイデン,Torey Hayden,入江真佐子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2005/04/21
- メディア: 単行本
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霧の中は端からは見えないけど、その中には何もないかも知れないし、泣いてる子供がいるかも知れない。