≪内容≫
直木賞受賞作。あの夏、海辺の町で少年は大人になる涙を知った
孤独な子ども達が始めた願い事遊びはやがて切実な思いを帯びた儀式めいたものに――深い余韻が残る少年小説の傑作。海辺の町に祖父と母と暮らす小学生の慎一。よそ者として、クラスになじめない慎一は唯一の友達・春也と、ヤドカリを「ヤドカミ」様という神様に見立てて遊ぶことをはじめる。最初は単なるごっこ遊びだったものが、偶然を重ね、次第に切実な願いをこめた儀式へと変わっていく。同じ年の少女・鳴海をまじえ、それぞれに親への複雑な思いを抱える三人の関係もゆらぎはじめる。少年少女たちは痛みを胸に秘めながらも、大人になっていく。少年時代の最後の日々を描く傑作小説。解説・伊集院静。
道尾さんは、「向日葵の咲かない夏」で知ったのですが、独特な世界観で近寄りがたい感じがあります。
とはいえミステリー作家さんと思ってたし、直木賞は純文学ではないと思っていたので青春っぽいお話かな・・・と思ってたら結構純文学っぽくて衝撃でした。
なんといっても少年たちが大人っぽ過ぎて小学生に思えないのは私がキング読んでるからかな・・・。スタンドバイミーなんか、「キンタマをしたたかに打ちつけた、これ以上の痛みがあるだろうか?」みたいなこととかいってるからさ・・・。
でも本作はそういうくだらなさが1mmもなくてね・・・とても真面目な作品です。
親殺しの通過儀礼
「俺な、何で海で五百円玉見つけたんか、あれからずっと考えててん。そんでな、こういうふうに思ってんか。あれはやっぱし、ヤドカミ様が死んだからやないかって。自分が犠牲になって、俺たちの願いを叶えてくれたんやないかって。あの死体、なんや、中身が抜けたような感じやったやろ?」
でもヤドカリだってそうそう都合よく死んでくれるわけじゃないから、主人公の慎一と友達の春也は願い事をするときは、火でヤドカリを貝殻から炙りだし、粘土で作った台座の上に立たせ、拝み終わったら焼くのだ。
・・・いや普通にヤバくね?
そして、そこにもう一人悩みを抱えた少女・鳴海もやってきて一緒にヤドカリの儀式を行う・・・。
いや、止めろや。そこは女子特有の「ちょ、やめなよ男子~かわいそうじゃん!最低!よくないよそういうの。」っていうマジレスするとこやん?
っていう前提がぶっ壊れているというか、ツッコミ不在というか、なんかもう途中から狂ってくるんじゃなくて最初から狂ってるのが道尾ワールドなのか?と思うくらい自然に狂ってる。
ていうかそもそも
あれはやっぱし、ヤドカミ様が死んだからやないかって。自分が犠牲になって、俺たちの願いを叶えてくれたんやないかって。
っていうのは春也の言葉ですが、これってかなり危険ですよね。
だって、自分の願いが叶えられるためには、犠牲が必要だってナチュラルに思ってるわけだから。
しかも500円玉のために一つの命がなくなるんですよ?ただ蟻を踏み潰すとかそういうんじゃなくて手の込んだ儀式までして得るものが悲しすぎる。
それだけ追い詰められている子どもたち、というのを言葉ではなく雰囲気で伝える道尾 秀介・・・恐ろしい・・・。
なんかこの小説の説明文は全く間違っていないけど、その言葉が想像させる世界の倍残酷な内容です。
親殺しの青春物語は、確かに一種の神話というか通過儀礼として読めるんですが、その要素とは、「大事な人を守る」とか「下克上」とか「自分の身は自分で守る」とかそういう要因が軸としてあると思うんですね。
これは家族を守るために兄が継父を殺害する話です。
少女による親殺しはこちら。私は子の親殺しでは「少女には向かない職業」が一番好きです。やっぱり女だからかな?少年の方が残酷なんですよ。よく言えば大人というか頭がいいというか。桜庭さんの世界観で好きなのは、閉鎖的な世界にいると思っているのは当事者たちだけで、必ず子供を見てる大人がいるのです。一番子供らしくて好きです。
本作は、そういった軸の部分がとても子供だな、と思います。会話や行動は大胆で冷静なのに、軸の部分はものすごく曖昧で自己中心的です。
主人公の慎一の母親と鳴海の父親は恋人関係らしく、二人は気付いているが何も言わない。何も言わないことが大人だと思う鳴海と、何も言えない慎一。
二人ともぶつからないくせに苛立ちや不満だけは溜め込んで誰かにぶつけようとする。春也もそう。言わずして別の嫌なやり方でぶつける。
ちなみに、慎一の母親と鳴海の父親も子どもたちに言わないのだ。
誰かなんか言えや!
言わなきゃ分かんないだろうが!お前らに口はついてないのか!ヤドカリが泡吹いて死んでいくのを見て何しとるんや!口がついてんのに喋らないから、ヤドカリが泡吹く意味が分からんのか!
こんだけ誰も喋らないで悪意だけが積もっていく話ってある?こんだけ怖いことある?こんなに不気味なことある?
人間の怖いとこはこういうところだよ。話しあったりぶつかりあったりせずに憎しみを持ったり殺意を持ったりするの。そんで、自分が辛いときは他の生き物の命を邪険に扱えてしまう。しかもそれを神事に変えるんだよ。言わないとね、自分の中で憎しみが化け物みたいに育って、それが自分を喰い破るんだよ。これはそういうお話で、紹介した二つの話もそういう話なのです。