≪内容≫
タバコを買いに行ったヘンリーは、店に押し入った強盗にピストルで撃たれてしまう。一命は取りとめたものの、すべての記憶を失ってしまっていた。昨日まではNYを代表する有能な弁護士。だが今は、自分の家族の顔もわからず、文字も読めないリハビリに励む一人の男。妻や娘の献身的な愛を得て、家族はひとつに・・・。
負けたことのない人間は敗者を努力不足と見なし、勝ち続ける人間は人の痛みから遠ざかり続ける。可愛い子には旅をさせよ、とは早い段階で自分に足りないものを持っている人間に出会うための旅路なのだろう。
灯台元暗し
有能な弁護士と評判のヘンリーは、勝つために相手の落ち度に踏み込み、間違っていても謝ることなどしない控え目に言って傲慢な男であった。娘・レイチェルは親父に何を言っても口が上手いために言いくるめられてしまうから黙っているのであって決して了解などしていないことは表情で分かるのだが、相手が納得していようが気にしないヘンリーは自分視点で話をつける癖がついていた。
家族の絆はバラバラだったが、ある日ヘンリーが強盗に銃で撃たれてから一家の生活は激変する。文字も読めず足のリハビリに加えて家族の記憶さえ失くしてしまったのだ。
何も思い出せず身体も自由に動かせないヘンリーは、事故前のような多弁を封じ無口になっていた。陽気でおしゃべりなリハビリトレーナーに励まされ徐々に心を開いて行く。
以前のヘンリーは無言に対して「何か思っていることがあるなら言って」とかそういうコミュニケーションを取って来なかったにもかかわらず、自分が無口になったら何とかして話せるようにしようと骨を折る人間に出会ったことで、彼の人格は変わっていく。
頭ごなしに決めつけるのではなく「どうしよう?」と一度立ち止まって考えることができるようになったヘンリーにレイチェルはやさしかった。文字も読めなくなった父親に対して今まで受けた謂われのない言いがかりの仕返しをすることもなく、丁寧に読み方を教えるのだ。ヘンリーは出会う人のやさしさに助けられながら少しずつ家族という輪郭をなぞり始める。すると、以前の自分には秘密があり、また妻にも秘密があったのだということに辿り着く。
今の自分には理解できないことをしていた過去の自分。
ヘンリーは自分がしたことを、自分で謝る旅に出る。いや、事故後目覚めてこうやって謝れるまでが本当の旅なのかもしれない。
大人は変わりたいと思っても変わることが難しいというのは、それだけ自分と違う人間と出会うことが少ないし、なまじお金があるから回避してしまえることが要因だと思う。だからこういう事故なり、恋人や仕事やなんやで強制的に捻じ曲げられることがなければ自分の至らない部分に気付くのは難しい。
気付いたところで謝れるか否かというのもポイントで。だって失うのは怖いから。だけど、失ったから得るものがあって得たから失うものがある。逆に言えば失わなければ得られないものがきっとあるのだ。