深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

【映画】ヴァイブレータ~他人の人生を生き始めると病むし、そうなると一人では自分の人生を取り戻せない~

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《内容》

 雪の夜のコンビニ。31歳の女性ルポライター早川玲が酒を買いに来る。彼女は、いつの頃からか頭の中で聞こえる“声”の存在に悩まされていた。そのせいで、不眠、過食、食べ吐きを繰り返していた。コンビニで一人の男を目に留めた玲は男の後を追う。男は岡部希寿というフリーの長距離トラック運転手。玲は岡部のトラックに乗り込み酒を飲み始める。やがて2人は、アイドリングの振動を感じながら肌を重ねる。夜明けを迎え、一度はトラックを降りた玲が、再び戻ってくる。そして岡部のトラックは、玲を乗せ東京から新潟へ向けて走り出す

 

 人生がうまくいってるときは「なにこれあり得ない!知らない金髪のトラック運転手の助手席に乗り込んで殺されるかもしれないじゃん!」とかリアルに引くかもしれないんだけど、ほんとに落ち込んだ経験がある人や、もうどうにでもなれ・・・と自暴自棄になったことがある人にはこの行動を不思議と思わないし、むしろよくできたな、と思うのではないかな。

 

自分と他人の境界線は生命線

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 31歳の女性が主人公。彼女には人には聞こえない声が聞こえていた。そんな異常現象から逃れるようにコンビニでお酒をあさっていた彼女はコンビニに入ってきた金髪の男に興味がわく。

 じっと見ていると、その男も興味をもったのか彼女のお尻をすれ違い様にすーっと撫で、先にコンビニを出てトラックの中から彼女を待っていた。

 

 彼女は会計を済ませて出ていった男を追いかける。コンビニの自動ドアを抜けるとひゅぅっと口笛がした。彼女はそれが男の合図に違いないと思いあたりを見渡すと、大型トラック特有の高い運転席からこっちを見ている男がいた。

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怖いの
こんなこと言ってごめん
よく知らない人が突然変わって
あたしに暴力振るわないっていうのが
どうも信じられないみたいなの
なんでかな
殴られたことなんかないのに

変だよね
ほんとにこんなこと言ってごめん

 

 この物語はそんな唐突に知り合った男女のお話で、女は長距離を移動する男に道連れを願い出て、男はそれを承諾する。道すがら女は自分の中にある恐怖心や幻聴を告白するし、その幻聴による嘔吐もさらけ出す。

 男と女はともに嘘をつきながらのらりくらりと会話を続ける。だけど二人にはどこまでが嘘でどこからが真実なのかわかっていたのだった。

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できるから

大丈夫だから

いざとなったら俺が止めてやっから 

 

  彼女の幻聴は今までの記憶のフラッシュバック?走馬灯?のようなもので、誰かが言った言葉、誰かに言われて嫌だったり傷ついた言葉を何度も何度も自分で繰り返しつぶやいて、さらにその中には本当の自分の感情から生まれた言葉もあるんだけど、それは他人の声で変換されちゃったりして、どこからどこまでが自分から生まれた言葉なのか分からなくなっている状態でした。

 

 殴られたことがないのに殴られることに怯えるのも、自分に起きた経験と他人に起きた経験がごちゃまぜになっているのだと思う。

 ここら辺が職業:ルポライターの職業病というか、いろんな人のいろんな事情を聴いているうちに同化してしまったのかもしれない。

 いろんな人の意見を聞く中で、自分では思ってなくても「もう31でしょ?」とか「そろそろちゃんとしなきゃやばいよね」とか、言われ続けると、今度はその言葉を自分で自分に投げかけるようになる。自傷行為である。

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  たぶん、いろんな人の話を聞きすぎて自分の言葉に制御がかかっちゃったんだろうなぁ、と思う。だって、人ってそれぞれ強固な価値観とか正義感とか偏見を絶対持ってるものだし、それをもとに話すから聞き手が大変なのってそれを受け流すことだと思うのですよ。

 聞いているんだけど、それは別問題、あなたはそう思うんだね、私はそうは思わないけれど。という核みたいなのがないとおぼれちゃう。

 話す人によって「そうなんだ!それが正義なんだ!それが常識なんだ!」なんて素直に傾倒してたら壊れちゃう。

 だから、この女性はすっごい仕事頑張ってたんだろうなぁ、頑張り屋さんでまじめなんだろうなぁ、と思って見てました。

ヴァイブレータ

ヴァイブレータ

  • 発売日: 2016/11/25
  • メディア: Prime Video
 

  ラストでお別れしたのは、ちゃんと自分と他人の世界に境界線を引ける感覚を取り戻したからだと思います。「あたしが運転して帰ろうか?」は自分の帰る道を思い出したことでもあるし、自走力を取り戻した表れ。男の何も言わず、じっと見つめたあとは未練を感じさせない速さで去っていくのも切ないけれど強さに感じられて人間ってマジかっこいい。