≪内容≫
私立探偵フィリップ・マーロウは、香水会社の経営者ドレイス・キングズリーのオフィスを訪ねた。男と駆け落ちしたらしい妻の安否を確認してほしいとの依頼だった。妻の足取りを追って、湖の町に赴いたマーロウは、そこで別の女の死体を見つける。行方知れずの社長の妻となにか関係があるのか…。マーロウの調査はベイ・シティーの闇をえぐる
本作は割と冒頭の部分から「これは・・・」と読者が不審を察知できるので、今まで読んだ中で一番マーロウと一体化できた気がする。今までの話ではマーロウの動きを天から見ることしかできなかったけれど、本作ではマーロウのすぐ後ろで見ているような感覚です。
男は女に、女は男に関していくらでも愚かしい間違いを犯すものである
今回マーロウはある男に消えた妻を探してくれと依頼を受けた。
その妻を探す途中、湖の底に沈む女の溺死体が見つかる。その死体は湖中の管理人の妻だとその場では見解がもたれるが、消えた妻が一度その湖に立ち寄っていたことが発覚する・・・。
「恨みを買いやすい男だったわ」と彼女は中身を欠いた声で言っ
た。
「そしてまた、つい心惹かれてしまう男だった。まるで毒でも盛られたみたいに。女たちはーたとえ身持ちの良い女だってー男に関してはいくらでも愚かしい間違いを犯すものなの」
そういう風に男を操って利用できる女だったのだ。サーカスの動物に輪くぐりをさせるみたいにね。
この物語にはどんな女にも間違いを踏ませてしまうイケメンが一人と、男を操って利用できる女が二人出てくる。
依頼人であるミスタ・キングズリーは消えた妻に帰ってきてほしくてマーロウを雇ったのではなく、きちんと離婚清算して自分への悪影響を防ぐため、高いお金を使ってマーロウを雇ったのだ。
そして、水底に沈んでいた女ー湖中の管理人・ビルの妻ーに対してビルは底なしの愛情を捧げていた。だけど、愛しているからといっていつも正しいやり方ができるほど人間は簡単じゃない。
ビルは酒に逃げるタイプだったし、妻は一つのところに落ち着くタイプではなかった。ビルが酒に逃げている隙に妻は永遠にビルの前から消えてしまう。
今回もマーロウはブラックジャックで殴られ、女に銃を突きつけられ、依頼人の無茶苦茶な要望にこたえるべく、ヘトヘトで帰ってきてまた車に乗り込んで元気に自分を酷使していきます。
「君に対する反感はとうに消えている」と私は言った。
「そんなことは忘れた。人を激しく憎むことはあるが、それほど長くは憎めないんだ」
マーロウシリーズで有名なセリフ「男はタフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」に辿り着きたいがために、「プレイバック」にだけ手を出しても、その言葉の恩恵には与れないかもしれない。
人がどこまでも利己的で自分のために他人をこき使い、自分の意志とは裏腹に人を殴り陥れ、職業的プライドのためにたくさんの無実の罪が意図的に作られ、平和では生きていられず他人を壊すか自分が壊れるかという人たちに身一つで向き合い、ときに肉体的損傷を受け、ときにいわれのない侮辱を受け、クタクタの身体で帰って来ても「おつかれ」も「御苦労さま」もなく、危険しかない待ち合わせ場所に向かうよう指示されたりする、そんな積み重ねの中で生まれた言葉なのだ。
ちなみにマーロウは調査が終わって報酬はもらっても依頼主から感謝の言葉をいただくことはない。真実に人をやさしくする力はない。
そんなマーロウの人生を知るのに一巻だけでは到底無理で、もっと言うとなぜ七巻しかないのだ・・・と涙が出てくる。
やさしさやタフさに加えて、人に深くコミットしない強さもなければ他者にはなれない。そしていつでも物事を冷静に見れるのは他者なのである。マーロウの徹底した他者っぷりにハードボイルドの哀しみを感じる。