深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

プレイバック/レイモンド・チャンドラー~誰も求めない、何も求めないという硬い心を持つほかに、治癒らしきものはない。~

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≪内容≫

「聞こえているのかね?私はこう言ったんだ。こちらはクライド・アムニー、弁護士だと」―午前六時半。一本の電話が私立探偵フィリップ・マーロウを眠りから覚まさせる。列車で到着するはずの若い女を尾行せよとの依頼だった。見知らぬ弁護士の高圧的な口調に苛立ちながらも、マーロウは駅まで出向く。しかし、女には不審な男がぴったりとまとわりつき…。“私立探偵フィリップ・マーロウ”シリーズ第七作。

 

なんかこの作品のマーロウ打ちひしがれてる感があって、「さよなら、愛しい人」で相手にバリバリキレまくってたマーロウの勢いが・・・。

 今までもマーロウに対して色々やってくる人間はいたし、嫌な奴もたくさんいたのだけど、マーロウがそいつ以上の嫌味で返すから「wwww」で読み進められていたのだと気付きました。

 

 

マーロウを打ちのめしたもの

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「君のためになることをできる場所にどうやったらたどり着けるだろうがと、切々と試しているだけの男だよ。君が何らかの面倒に巻き込まれているらしいとわかる程度の経験を積み、理解力を身につけた男だよ。君をそこから救い出したいと求めつつ、君からの助力をまったくもらえないでいる男だよ」 

 

  本作のマーロウはいきなりとある女の尾行の依頼を突きつけられ、乗り気じゃないけど生きるために金必要だし・・・と女をつけていると、自分の他にも女を尾行している人間がいるのに気付く。

 

 マーロウには、金のためとは言っておきながら、その事件や依頼に心惹かれるものがなければ受け入れられないという探偵としてはいささか厄介と思える性質がある。

 

 今回の依頼の理由、不可解な女、そして女の部屋で死んでいる男、しかもその男はマーロウが確認しに行ったときには消えていたという謎、マーロウは巻き込まれながら何一つ情報を持っていなかった。

 誰も彼に真実を話してくれなかったのだ。

 

 マーロウは女と接触し、本人に状況を説明し彼女の置かれた立場、過去に何が起きて今こうなっているのかを聞き出そうとするが、彼女は泣いたり、下着を脱いだり眠ったりするだけでマーロウとまともに取り合おうとしないのだ。

 

「かつて夢をみたことがあって、それをまだ生かし続けていることを、あなたはすまながっているわけ?私だって夢を見たことはあったわ。でもそれはもう死んでしまった。生かし続けておくだけの勇気がなかったからよ」 

 

  マーロウは探偵である。

 依頼を受け、報酬をもらう。世の中では常にどこかしらで事件が発生していて、マーロウの元にも依頼はやってくる。だから、彼の仕事がなくなることはない。もしなくなるとすればマーロウの情熱が誰にも理解されなかったときだ。

 

追われる女の謎

 

 「どこに逃げても逃げ切れないようにしてやると、私はあの女に言った」とカンバーランドは怒気を含んだ声で言った。「地の果てまでも追いかけてやるとな。そしてあの女の正体をみんなに暴いてやるのだ」

 

  結局マーロウは女から言葉をもらうことはなく真実に辿り着くのだった。

カンバーランドは彼女の死んだ夫の親父で、彼女が自分の息子を殺したのだと信じて疑わず、裁判で無罪になっても彼女への恨みでどこまでも彼女を追いかけていたのだ。

 

私はグラスの酒に口をつけることもなく、サイド・テーブルに置いた。アルコールはこいつの治癒にはならない。誰も求めない、何も求めない、という硬い心を持つほかに、治癒らしきものはない。

 

  彼女の閉じた心はマーロウにさえ開くことはなかった。

彼女の心を閉ざしたのは社会であったし、金と権力であったし、男でもあった。金を持つ人間が周りの人間を支配し、標的をどこまでも追い続ける。

 追い続けられた彼女は、マーロウに殺し屋を仕向けた男でさえ好きになるかもしれないと言う。

金がなければ生きていけず、金があるだけでも生きていけず、何も救うことができなかったマーロウ。労働と対価に感情や夢や希望を求めると、こういう悲しみにぶち当たることは、多かれ少なかれ少なくない人間が経験していることだと思う。