深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

高い窓/レイモンド・チャンドラー~ありもしない幸せ、ありもしない正義、それを求めて人は何度も過ちを犯す~

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≪内容≫

 私立探偵フィリップ・マーロウは、裕福な老女エリザベス・マードックから、出奔した義理の娘リンダを探してほしいと依頼された。老女は、亡き夫が遺した貴重な金貨をリンダが持ち逃げしたと固く信じていたが、エリザベスの息子レスリー、秘書のマールの振る舞いにもどこか裏がありそうな気配だ。マーロウは、リンダの女友だちや金貨の所在を尋ねてきた古銭商に当たるところから調査を始める。が、彼の行く手には脅迫と嘘、そして死体が待ち受けていた―

 

 今更だけど、ちゃんと順番通りに読めば良かった・・・と思いました。

なぜ二回目に最後の「プレイバック」を読んでしまったのか・・・。たぶん「プレイバック」の楽しさは六巻後にこそ得られるのだと思う・・・。

 

ろくでもない金持ちと汚れなき乙女、そしてマーロウ

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 今回の依頼主は全くマーロウとは相容れない金持ちでありながらケチな女主人であった。亡き夫がコレクションしていた金貨が紛失し、それを盗んだのは息子の嫁であると目星をつけ、その金貨を内密に取り返してほしい、というのが今回マーロウの元に飛び込んできた依頼だった。

「そんな生やさしいことじゃない。あの子は頭がおかしくなっている。彼女は何かしらの精神的ショックを受けていて、それをばあさんが残酷に利用し、思うがままに支配している。人前では娘を厳しく怒鳴りつけるけど、陰では耳元でやさしい声を出して、髪をそっと撫でてやったりしている。娘はただびくついている」 

  マーロウは屋敷に出向いたとき、イケスカナイ女主人が秘書であるマールに辛く当るのを目撃する。

 涙するマールを慰めようとするが、マールは尋常ではない態度でマーロウを避ける。そしてマールは女主人のことを「いい人なんです」とかたくなに持ち上げる。

 マーロウは(またもや)奇妙な金持ちの元にやってきてしまった。

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そこには夜が広がっていた。柔らかく静かな夜で、白い月光は冷やかに澄み切っていた。人が夢見つつも手にすることのない正義のように。 

  本作「高い窓」はものすごく素敵な文章にたくさん出会えた。

その中で一番好きな文章が引用させて頂いたこの部分。「人が夢見つつも手にすることのない正義のように。

 

 本作の真理はこの一文に込められていると私は思う。

マーロウに舞い込んでくる依頼に正義は求められていない。そこに元からあるのは隠蔽で、これから欲しいのも隠蔽なのだけど、マーロウが関与することで、隠されたものは日の目を見ることになる。

 

 私立探偵に依頼するということは警察に頼れないことを意味する。依頼人には隠したい何かがあり、それを隠したまま欲しいものを手にしようとマーロウを使う。

 もちろんマーロウもそのことを承知で厄介事に首をつっこんでいくのだけど、マーロウの理解とは裏腹にマーロウは正義に近づいてしまう。だから依頼人はマーロウを「使えない」とか「頭が悪い」と侮辱するのだ。

「君の身体を持ち上げて、ソファに寝かせてもかまわないだろうか?私のことは知っているね?マーロウだ。ほら、あちこちうろつきまわって、筋違いな質問ばかりしている図体の大きなお調子者だよ」 

  金のために働くマーロウだから、依頼主のことを第一に思うのだけど、それでも無垢で純粋な乙女には子供をあやすおじさんのようにやさしい。

 「大いなる眠り」で出会ったふしだらな姉妹への扱いとは天と地ほども違う。

「こんな大きな茶色の目のせいだよ」と私は言った。「優しく人を誘うんだ」 

  理不尽な叱咤を受けたバーテンにからまれたときも、マーロウはやさしかった。

 

 訳者あとがきで村上春樹氏も書いているが、私も本作で好きなのは、屋敷の庭の黒人の少年像にマーロウが話しかけるシーンとバーテンダーとのシーンが好きです。

 

 正義は夢のままの方が平和だと思う時もある。