深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

書記バートルビー/メルヴィル〜救い難いほど孤独でかつ生きる力が弱いものはどう生きる?〜

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《内容》

ウォール街の法律事務所で雇った寡黙な男バートルビーは、決まった仕事以外の用を言いつけると「そうしない方がいいと思います」と言い、一切を拒絶する。彼の拒絶はさらに酷くなっていき…。不可解な人物の存在を通して社会の闇を抉る、メルヴィルの代表的中篇2作。

 

まず設定がめちゃくちゃ面白いんですよね。

仕事って作業じゃないですか。作業しなかったらクビなのに、バートルビーは作業を拒否するのです。しかも嫌とか無理とか体調不良とかじゃなくて「しない方がいい」というそれが最善であるという提案で返すのです。

 

何もしないことが最善なのだ

 

 弱肉強食という言葉が暗示しているように、食べるというのは一種の暴力でもあります。私たちの社会は、いかに文明化したといっても暴力を内包している。生産できないものには「死ね」と宣告するような、不寛容さに満ちている。

「教養としてのアメリカ短編小説/都甲幸治」

 

www.xxxkazarea.com

 

 

当初、バートルビーは異常なほどの分量の筆写を行いました。まるで、書き写すのに長い間飢えていたかのようで、私の書類を貪り食っているように見えました。その上まるで消化のために休むこともないという様子です。昼も夜もいとわず働き、太陽の光や、ろうそくの光の下で書き写し続けていました。もっとも彼が楽しそうに働いていたというのなら私もこの男を雇ったことを心から嬉しく思ったことでしょう。ですが彼はひたすら物静かに、青白い顔で、機械的に筆写していました。

 

 主人公・私が求人広告を出すと青白いほどこざっぱりして、哀れなほど礼儀正しく、救い難いほど孤独なバートルビーが事務所の入り口に立っていました。

 

 当時私の事務所のメンバーは、午後になるとさっぱり仕事ができなくなるターキー午前中はかんしゃくとイライラが止まらないニッパーズ12歳のお手伝いの少年・ジンジャーナットだけでした。

 

 そのような濃いメンバーだったので私は静かで礼儀のある(つまり害のなさそう)バートルビーを一目で気に入ったのです。ですが、バートルビーは昼夜を問わず筆写を行うとその後はさっぱり仕事をしなくなってしまう。こうなると雇用関係は破綻してしまう。

 

どうしたらいいのだろう?あいつ、事務所で何もしようとしない。じゃなぜここにい続けるのだ?明白な事実として、あいつはもはや私にとって重荷になっている。ネックレスのように役に立たないだけでない、首枷のように身につけていることさえ苦痛な存在になっている。

 

 それまではバートルビーに「しない方がいいと思います」と拒否されても、事務所の中で勝手に寝泊まりしてようと、何も食べていなかろうと、私はバートルビーの持つ静かさ、勤勉さを信用している故に寛容でいられた。

 

 だが、働くことさえせず、日中窓から壁を眺めて思想に耽る(ようにみえる)従業員なんてどうしたらいいのだろう?

 

 私はバートルビーの救いようがないまでの孤独さを哀れに思い、退職金を用意し出て行ってもらおうとする。だが、バートルビーは出ていかない。働かないし、出ていかない。奇行といっても過言ではないこの事態が向かう終結はいかに・・・?

 

 ポイントは舞台が「ウォール街」というところでしょうかね。これがどこか外れの村だったりしたらおこらなかったかもしれない。でも故郷さえない若者が生きるためには働かなければならない。弱肉強食。誰かを蹴落とし這い上がらなければならない。

 

 救い難いほど孤独でかつ生きる力が弱いもの、殴られて殴り返せないものは死ぬしかないのか?そこに救いはないのか?そういうメッセージ性をこの物語から感じます。

 

2023年6月19日現在amazon unlimited kindleで無料で読めます。

食べること、呼吸すること、働くこと、全てが弱肉強食で誰かを不幸にするのなら、救いようがないほど孤独で自分が生きていることが誰の幸せにも繋がらないのなら、何もしないことが自分にできる最善のことなのだ、という声が聞こえました。