深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

黄金の服/佐藤泰志〜何がなんでも勝ちたければ、自分でバッターボックスに立てばいい〜

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《内容》

泳いで、酔っ払って、泳いで、酔っ払って…。夏の大学町を舞台に、若い男女たちが織りなす青春劇。暑い季節の中で、「僕」とアキ、文子、道雄、慎の四人は、プールで泳ぎ、ジャズバーで酒を飲み、愛し合い、他の男たちと暴力沙汰になり、無為でやるせなく、しかし切実な日々を過ごす。タイトルの出典であるロルカの詩の一節「僕らは共に黄金の服を着た」は、「若い人間が、ひとつの希望や目的を共有する」ことの隠喩。僕たちは「黄金の服」を共に着ることができるだろうか?他に「オーバー・フェンス」、「撃つ夏」を収録。青春の閉塞感と破壊衝動を鮮やかに描く短篇集。

 

オーバーフェンスが映画よりかなりシンプルでびっくりしました。

映画版はさとしがとんでもない女性で白岩を激詰めするんですけど、原作はそこまでの関係性にはまだなっていないですね。

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↓アマプラで見ました。

オーバー・フェンス

オーバー・フェンス

  • オダギリジョー
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 この3部作の共通点は、妻が出て行った、もしくは離婚。佐藤さんの作品に出てくる人間の共通点はセカンドチャンスだと思うんですよね。一回目失敗した後の話。オーバーフェンスはそのままそういうお話です。

 

時間だけがあるとき

 オーバー・フェンス…主人公の白岩壊れてしまった妻から離婚届を受け取る。小さな娘は妻の元だ。若くして父親になったことは誇りであったが、すぐに壊れた。妻が壊れた原因も離婚の理由も分からない。だが、時は無情にも進んでいく。

 

 微熱のような思いが身体を走り抜けた。青山教官が、絶対に逆転するんだ、頼むぞ、と叫んだ。その声は、僕の身体を素通りした。何がなんでも勝ちたければ、自分でバッターボックスに立てばいい。娘や妻のことを考えた。妻はきっと元気になっただろう。自分を取り戻したろう。そう信じた。僕には見えた。外野のずっと向う、眩い光を受けたフェンスが。

 

 

 撃つ夏…腎臓病で入院している淳一。同室にいた男たちは夏前に出て行き、残ったのは淳一と淳一より二十も上のアル中の岡本だった。二人の病室の隣には夜にうめくばあさんがいて、同室の女たちはばあさんが夜眠れるよう昼寝を阻止しようと励む。

 

 どうしてあんなに、うめいたり、ほえたりするんだろう。夜になると暗がりが不安をかきたてるのかもしれない、と淳一は勝手に想像する。そして婆さんは、光に満たされた昼、やっとのことで安堵して眠りかける。彼女はまどろむ。すると女たちが、それを妨げようとして喚きだす。

 

 

 黄金の服…小説家志望だけれど何も書いていない僕二歳上のアキを想っている。バツイチのアキは精神的な薬を飲んでいたし、どこかミステリアスな雰囲気があり僕はアキの心に踏み込むことができずにいた。体だけの関係が続く中、海に行ったアキから手紙が届く。僕は、仲間の報復に出かけ、ダルメシアンの死体を持ち上げ、避難してきた女を匿った。僕はまだ書き始めることさえしていない。宙ぶらりんの男だった。

 

夜の仄暗い灯りの元で、素裸になり黙々と身体を拭き続けていたアキの皮膚は、青白く透き徹って僕にまで沈黙を強いた。彼女があんなふうに自分を見せたのは、あの夜がはじめてだった。僕は半ば言葉を失くしていた。馬鹿馬鹿しく、愚かな程の強迫観念にすぎない、そんなふうにあの時、どうして僕にいえたろうか。あの晩を思うと、彼女の心の中心にたどりつくまでの道順が永遠につかめそうもないと思える。

 

 

 黄金の服は「ぇええええ!」という展開で、最後の方は友達がけしかけてくれるんですが、それでも何者でもない、チャレンジさえしていない僕はアキのことを思い続けているにも関わらず何も言えないのです。想いだけではどうにもならないのは確かですが、伝えなければなるものもならないというのもまた事実。そういうジレンマが描かれています。

 そんな想ってるなら言えよ!!とヤキモキしちゃうんですが、男なら?この気持ちがわかるんですかね。私はうっすらわかるけれど、言ってしまえーーー!とずっと思ってました。