深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

大きなハードルと小さなハードル/佐藤泰志〜ままならない己を抱えながら生きていかなければならない苦しみ〜

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《内容》

若くして小説家デビューするも、その後は鳴かず飛ばず、鬱屈とした日々を送る慎一。そんな彼のもとに、友人の元妻、裕子が、幼い息子アキラを連れて引っ越してくる。慎一は、自らの無様な姿を、夜ごと終わりのない物語へと綴ってゆく。一方の裕子は、親として人として、バランスを保とうと苦しんでいた。そして、父親に去られ深く傷ついたアキラは、唯一母親以外の身近な存在となった慎一を慕い始める…。

 

yorutori-movie.com

 

村上春樹の蜂蜜パイと似てるなーと思って読んでました。

 蜂蜜パイも「夜、鳥たちが啼く」も友達の妻と子供を自分が守っていくのだ!という独特な人間模様の作品です。それに主人公が小説家という設定も同じ。蜂蜜パイが閉まっちゃうおじさんならぬ地震おじさんに怯える女の子をきっかけとするのと対照的にこちらも男の子の存在が大人の男女をくっつけます。

 

夜、鳥たちが啼く

 

 幼稚園の鳥たちは、今夜も啼くだろうか。啼くだろう。生涯、とじ込められ、昼の喧騒にかりたてられ、夜になって、ひと息つく。解放される夜。けれどこのゴルフ練習場のフェンスの中にいる僕たちと、どこが違うというのだろう。

 

 主人公・慎一は高校の同級生の妻だった裕子その息子のアキラと共に暮らすこととなる。共に暮らす、と言っても母家を二人に明け渡し自分は敷地内のプレハブに移動する。プレハブにベッドはあるが生活に必要なキッチンや風呂はもちろん母家だ。母家とプレハブを行き来していくうちに、慎一と裕子は体を重ねる。二人は結婚もしていないのに家庭内離婚をしようなどと笑い合う。

 

 自由で縛られたくない慎一ともう結婚はこりごりな裕子はお互いジャブをうちながら相手の様子を見る。あやふやな関係は二人が納得していてもご近所の見る目や親への説明、息子のアキラの純粋な疑問からは逃れられない。

 

 夜になく幼稚園の狂った鳥はいわゆる世間一般から外れた慎一たちのようだ。どれだけないてもどこに行けるわけでもない。世界は大きな鳥籠でその中を安全と見做しすやすやと眠る人もいれば少数でも慎一たちのように夜中叫んでいる人もいる。それが世界なのだ。

 ままならない己を抱えながら生きていかなければならない苦しみ。肉体的なハンディと違ってその苦しみは人の目には見えない。それにこの苦しみは他人は難なくこなせる高さのハードルのようだ。しかし世間には1日1日を踏ん張って何とかして乗り越えている人もいる。そういった人たちを丁寧に描いた作品だと思います。