深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

彼女が言わなかったすべてのこと/桜庭 一樹〜この社会の集合意識は若い女性は死んでほしいって思ってる?〜

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《内容》

小林波間32歳、前日偶然再会した同級生中川くんとは、どうやら別の東京を生きている。NEW桜庭ワールドに魅了される傑作長編!

 

 桜庭さん特有の命名はそのまま、物語が段々と綺麗になっていくなぁ、と思います。もっとドロドロしてキャラが立ってた過去の作品と比べると、キャラよりは物語が軸になってるような印象です。

 

 「少女を埋める」で書いていたご自身の葛藤を物語に落とし込む力。客観的にみるとすごく素敵だなぁと思います。

 

 

 主人公の小林波間乳がんサバイバー抗がん剤治療中だ。あるとき神田川に沿う大通りを歩いているとき、通り魔と直面する。ズンズンとやってきたその男は波間をじっと見た後、その先を歩いていた三人組の一人の女性を刺した。

 この事件の犯人は後に「幸せそうな若い女を殺したかった」と言っていた。

 

 波間が襲われなかったのは”幸せそうに見えなかった”からなのか、Yahoo !のコメント欄は若くて美しい女性への誹謗中傷で溢れていた。

 

 その事件の時出会った旧友の中川君とLINEを交換するが、後にその中川君は波間のいる世界ではなく別の世界の中川君であることを知る。中川君の世界では、コロナが蔓延しパンデミックとなっている。そして向こうの世界の波間は…。

 

 波間は兄や友達、会社の同僚、シェアハウスの人たちと交流を深めながら、性別を超えて一人の人間としての考えを逡巡し続ける。

 

気づくとわたしにはもう、誰かに愛されたいとか、特別に選ばれたいとか、親密な関係を結びたいという気持ちが、つまり誰かからの愛を受け取りたいという気持ちがなくなっていて、じゃあ人間に対して無関心になったかというと、そうでもなくて、なんというか、変なことを言うようだけど、ただ……与えうる愛だけがぽつんと心の隅に残ってしまったのだった。終電に乗り損ねて駅のホームに取り残された人みたいに。ただその気持ちだけ、ぽつんと。

 

 私は誰かの役に立ちたかった。

 逆に、自分に対して誰かからしてもらいたいことは、もう何一つないんじゃないかと思う。受け取るべきものはもはや何もなくなったと。

 

 中川君と波間は別次元の世界にいるから、その世界の景色や考え方が違うことはすんなりと受け止められる。だけど、実際には同じ次元、同じ場所、同じコミュニティの中にいても自分と他者が一つの物事に対してどう捉えるか、何を拾い上げ、何を無視するかは全然違う。それってつまり、私たちはそばにいても会話をしていても結局一人だし、みんなそれぞれパラレルワールドにいて、その中の瞬間瞬間で繋がりあっているに過ぎないんだよね?というのがこの物語の骨だと思います。

 

 

 だけど同時にこうも思った。自分はこれからもこういう寂しさと一緒に生きていくしかないんだろうって。

 いまみたいに一人でも、そのときはたとえ誰かと一緒でも、どちらにしろ、すごく寂しいんだろうって。

 

 たとえば結婚していても恋人がいても、寂しさが消えるわけではない。そのことをわかっていながらも、既婚者や恋人がいる人は寂しくないような気がしてしまうのは、私がまだ修行中だからなのだろうな。