深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

人生のちょっとした煩い/グレイス・ペイリー〜人は最後にそれほど孤独ではない場所に転げ落ちていく〜

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《内容》

村上春樹とアメリカ文学の生きた伝説、御年83歳のグレイスおばあちゃんとのコラボレーション第2弾。世紀を越えて輝く傑作10篇収録

 

 タイトルの「人生のちょっとした煩い」がものすごく響く。ただのタイトルの時は、ちょっと洒落たいい言葉程度のものだったのが、物語の中に出てきた時、ものすごい明度に変わった。

 

 書き方はちょっとこちらと似ています。

掃除婦のための手引き書」の記事を読む。

 

庶民の物語

さよなら、グッドラック…ローズ伯母さんの話。

 

 まあ、あんたにもそろそろわかってきてるでしょうけれど、ハニー。あんたがどうがんばったところで、人生というのは歩みを止めたりしないものなの。それはちょっと腰を下ろして、ひとしきり夢を見る、それだけのこと。

 

 

みんなが言うところの、太っちょの五十女。そんなことが自分の身に実際に起こるなんてね。そしてこの孤独なベッドから、人は最後にそれほど孤独ではない場所に転げ落ちていく。百万もの骨で混み合っている場所にね。

 

 

人生への関心…出ていった男を忘れられない話。

 

 女たちは子供たちの数を数え、偉そうに振る舞う。まるで自分が生命を発明したんだと言わんばかりに。しかし男たちは世間で身を立てなくてはならない。男たちには幸福なんぞにうつつを抜かしている暇はないのだ。私にはそれがわかる。

 

 

「これは何だい?」と彼は、私が念を入れて書き上げたトラブルのリストを指さしながら言った。「手紙でも書いていたの?」

 

(中略)

 

「君だってあの番組を見たことはあるだろう?ここに書かれているのは、つまり『人生のちょっとした煩い』みたいなものでしかない。でもあの人たちはね、それこそとことん苦しんでいるんだよ」、彼はそう言って、私のリストに向かって、小馬鹿にしたようにひらひらと手を振った。「あそこに出るのは、竜巻の真前で生きているような人々なんだ。暮らしが丸ごと、洪水に押し流されようとしている人々なんだ。それは圧倒的な天災みたいなことでなくちゃならないんだよ、ヴァージニア」

 

 

変更することのできない直径…エアコン業者の冴えない男が金持ちの家に修理に来て、そこの娘と恋に落ちるがもちろん両親は劣化の如く怒り狂う。破局は免れないと思ったが事態は予想もつかない展開へと進んでいく。

 

彼女は軍用簡易寝台に横になり、枕に頭を載せることもなく、煙草をまっすぐ天井に向けて、吸っていた。煙が夢見る漏斗のようなかたちで立ち上がっていた。

 

(中略)

 

上階では、低い剥き出しの天井の下で、シンディーが横になっていた。八月の昼間、まさに暑さの盛りだ。

 

 

長くて幸福な人生からとった、二つの短くて悲しい物語…前夫と今夫と息子を育てる女の話。

 

ふだんの私は、自らの運命におとなしく従って生きていくだけだ。それは要するに、命の有効期限が切れるまで、明るく笑いながら、男に仕えて生きていくということなのだが。

 

 

彼の顔はバラ色で丸々していた。頭は見事なばかりにつるつるである。それでは雨やシャワーの水が、好き勝手に顔の上をたらたらと流れ落ちないようにしているのは、いったい何だろう?

 

 

 大体の物語が家庭の話なんですよ。政治や戦争やSFやファンタジーみたいな壮大なことは何にもない。ただ市井の人の静かで辛抱強い世界が描かれている。

 

 私が好きなのは表題になっている「人生のちょっとした煩い」が出てくる「人生への関心」。自分を置いて出ていった夫。その後やってきた優しくしてくれる男。夫が捨てた家も子供も自分自身も大切に扱ってくれるのに、出ていった夫を忘れることができない。

 さらに優しい男でさえ、自分の苦しみを書き上げたリストは「人生のちょっとした煩い」程度にしか感じてくれないのだ。たとえ世界のどこかで大きな戦争が起きていてもどこかの国に隕石が落ちたとしても、目の前の大切な人の苦しみが一番の苦しみだと思ってほしいのに。

 

アメリカらしいユーモア満載のセンテンスが面白かったです。