深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

風の歌を聴け/村上春樹~現実は波乱万丈でもなく、淡々と過ぎていく~

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 ≪内容≫

1970年の夏、海辺の街に帰省した<僕>は、友人の<鼠>とビールを飲み、介抱した女の子と親しくなって、退屈な時を送る。2人それぞれの愛の屈託をさりげなく受けとめてやるうちに、<僕>の夏はものうく、ほろ苦く過ぎさっていく。青春の一片を乾いた軽快なタッチで捉えた出色のデビュー作。群像新人賞受賞。

 

 村上春樹は「ノルウェイの森」から入るのではなく、デビュー作か短編を読め!とネットで見たので、デビュー作から順に読んでいくことにします!

 

 

 

風のような本

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君が井戸を抜ける間に約15億年という歳月が流れた。君たちの諺にあるように、光陰矢の如しさ。君の抜けてきた井戸は時の歪みに沿って掘られているんだ。つまり我々は時の間を彷徨っているわけさ。

宇宙の創生から死までをね。

だから我々には生もなければ死もない。

 

風だ。

 

 タイトルの「風の歌を聴け」とは、自分の歌を聴けということだと思うのですが、じゃあ自分の歌とは何かというと、それは人生なんだと思います。

 

誰かに感情移入することもなく、共感するところも少なく、ただ淡々とした日常が描かれている本書。

 

本を読んだり映画を見たりするときに、おそらく見る側も作る側も「特別」を求めている。自分たちの日常があまりに普遍過ぎるから過剰に盛りたてて飾り付けている気がする。

この本はそういう飾りがほとんどない気がします。

 

生きている中で、元恋人のその後を知ることや、ラジオの司会者が本当に言いたいこととか、なぜ彼女の指が4本なのか、とか、そういうことって現実世界ではほとんど分からないまま生きていてそれが普通だと思う。

それなのに、小説になるとそこを解明しようとする。

必ず答えが書いてあるような、意図があるような気になってくる。

 

だけど、人生なんて本当は、本当のリアルは9割以上分からないことが成り立たせているよなぁって思います。

 

乾いた風のように

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疑問だったのは、主人公である僕が関わってきた女性のこと。

初めての彼女とは高校を卒業してほんの数か月で突然別れる。

次はヒッピーの女の子。行く場所がない彼女を家に連れてきたが、ある日「嫌な奴」と書かれた紙切れが残されていた。

その次の彼女は大学で知り合った女子学生。

春休みに雑木林で首を吊って死んだ二週間誰にも見つからず放置されていた。

 

そして現在出会った彼女からは「あなた最低よ」と言われる始末。

 

なぜか。

こうやって書くとなんともロクデナシなんじゃないかと思えてくるけど、浮気したりDVしたり強姦したとかいうわけでもない。(書かれていないから多分していない)

 

人がそれぞれ風だとしたら。

彼は乾いた風であり、誰かにまとわりつくことが一切なかったからなのではないかと思う。

湿った風やまとわりつくような風にはなれない。

 

人は誰でも寂しいときには誰かにそばにいてもらいたいものです。

寂しいとき一瞬で通り過ぎてしまうような風よりも、音や温度や冷たさで存在を示してくる雨の方が安心する。

 

頬を撫でるような風・・・というのもありますが、彼が彼女に「風向きも変わるさ」と言ったときがそういう風だったように思います。

 

彼が今までの彼女を何とも思ってなかったのか、知りあった彼女には特別な思いを抱いていたのかは分かりません。

だけど、そもそも分かることなんてあるのだろうか?と思えます。

彼は後に結婚していて、こんなことを言っています。

 

幸せか?と訊かれれば、だろうね、と答えるしかない。夢とは結局そういったものだからだ。

 

成るようにしか成らない。

悩んでも後悔しても、人生は風にあおられながら行き着くところに行くだけさ。

そんなように思います。

 

価値のある読書

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本書の内容から外れますが、最近思っていることがあって。

最近読んだ本のレビューに「読む価値がない」「時間の無駄だった」「何が言いたいのか分からない」「特に読む必要がない」っていうのがありまして、価値のある本ってなんだろう?って考えていました。

 

この疑問に対して私は、本があるという時点で、その作者がいるわけで、その人は何かを伝えるために本を出したと思うんです。

それがある人にとっては既に知っていることでも、またある人にとっては求めていない内容だったとしても、その本には誰かの「伝えたい」という思いが宿っていると思っています。

 

 

私が本書に感じたのは「風」です。

まとめるなら、人生なんて風のようなモンよ!って本だよ!とも言えますが、それは何だか言葉にしちゃうとすごく陳腐で。

風が吹いたわけでもないのに、本書を読んで風を感じるっていう体験こそがこの薄くてたった定価300円で得られる経験なのだと思います。

 

自分の人生を振り返ると、やはり自分のことなので山場とかが存在してしまい、風のように感じることは難しく、波瀾万丈にしたがります。

 

本書の話は読者の青春の1ページではないけれど、きっと誰の1ページも大差無く風のように過ぎ去る人生の1ページに過ぎないということを感じさせてくれます。

 

分からない本も難しい本にも出会うけど、読む価値がないって言葉は、他人から「お前生きてる価値ないよ」って言われるのと同じくらい本は傷付くだろうなって思います。

 

文明とは伝達である、と彼は言った。

もし何かを表現できないなら、それは存在しないのも同じだ。