≪内容≫
極端に臆病な幼い有里の初恋の相手は、文房具屋で買った銀のステッキだった。アニメの魔法使いみたいに杖をひと振り、押入れの暗闇に銀の星がきらめき、無数の目玉が少女を秘密の快楽へ誘う。クラスメイトにステッキが汚され、有里が憎しみの化け物と化すまでは……。少女の孤独に巣くう怪物を描く表題作と、殺意と恋愛でつむぐ女子大生の物語「ひかりのあしおと」。衝撃の2編。
「ひかりのあしおと」の女の子と男の子の構成は「しろいろの街の、その骨の体温の」の二人に似てました。女の子強い。
ひそかに男性が村田沙耶香さんの作品を読んだら女嫌いになるんじゃないか、と思っていますw
もう面白いんですよ、面白くて強い。
ひかりのあしおと
私はその間に何度か行われるであろう憂鬱な性行為のことを考えていました。それならきちんと拒否するのが正しいのでしょうが、ノーと言うのが面倒な人間には、こうやってゆっくりとイエスを腐らせるしか方法がないのです。
イエスを腐らせるって表現すごいいいなぁって思いました。
「ひかりのあしおと」はめっちゃ端的に言うと光の人影に襲われないように男に守ってもらおうとする話です。
「光が襲う」っていうのはあまり馴染みがなく、どちらかというと光は降り注がれるものであり、眩しい存在、手を伸ばす対象になると思います。
しかし、主人公・誉ちゃんの世界はいわゆる通常の世界と真逆の世界です。
母は娘の関係が逆転している、ということは前提や設定が元から逆さまであるという意味だと感じました。
この世界では母が愛菜ちゃんと呼ばれ、父からも娘からも、周りのお母さんからもそう呼ばれ、ウザイくらい愛される人間です。
しかしその無邪気な愛らしさは責任の放棄です。
嫌なことを他人に押し付けて逃げているだけ。
それを見抜きながらも、世間的には正しく愛されているのが母なのだという事実が誉ちゃんに静かに積もって行きます。
光の人影の正体ってたぶん「正常」なんだと思います。
それ間違ってんで!と知らせる合図。
だけど、本人は異常が正常の世界で生きているので正常を異常と見做す。
結末も「しろいろの街の、その骨の体温の」のような感じ。
やっぱり純粋男子は女の子が正常に戻るための鍵のようです。
何はともあれ、こういう少女のような母って私は虫酸が走ります。腹が立ちます。それを肯定する父も大嫌いです。
少女は少女の特権であり、女性は女性なのです。
自然の法則に逆らうなってつんく♂も言ってるじゃない。
ギンイロノウタ
内気な少女の物語。
みんなが当たり前にやっていることは、当たり前に自分にも出来ると思っていた。
小さな頃、魔法少女が脱いだ瞬間に男性の目が釘付けになるのを見たとき、いつか自分にもそんな瞬間が訪れると思った。
成長すれば、男が求めてくると思っていたし、そのときに自分の身体は正しく反応するだろうと思っていた。
先輩は下着の上から指で膣を探し当てると、肘が上下するほど激しく、テレビゲームのコントローラーにするようにそこを連打し始めた。私は、鈍い痛みを感じながらぼんやり天井をみていた。
「お前、声とか、出さないの?」
不機嫌そうに先輩が言う。
「普通の女は、こうすりゃ喜ぶんだよ。お前、何なわけ」
それを聞いて、私は今操作されていて、正しく反応しなければならないのだと気付いた。
(中略)
操作通りに反応しなくては。
液体を出し、なにか音声をあげなくては。そういう仕組みになっているはずなのだ。なのに私は痛みを感じるばかりだ。
何にも上手くいかない。
コンビニのバイトも上手くいかない。
失敗したときに素直に謝れない、どうしても自分は悪くない風を装ってしまう。
それがまた人を苛立たせる。
「なんとかのようで、なんとかみたいで、なんとかしてしまって、あなた本当にそればっかりね。他人事みたいな言い方を、どうしてするわけ?何度も言うけど、あなたのミスなのよ。あなたが起こしたことなの。ミス自体より、その姿勢の方がずっと腹が立つわ、私は」
学校では熱血先生に標的にされ、「お前のためだ」と言われ、毎日スピーチさせられるようになったが一言も話せることはなかった。
少女はノートに殺人の妄想を書いていく。
初めは些細な短文だったが、日を追うごとに細かく具体的に長文になっていく。
内気な少女の閉鎖空間に他者は入ることが出来ない。
それは彼女が閉じているからなのだけれど、彼女は閉じている自覚がないので、なぜうまくいかないのかを考え続ける。
辿り着いた答えは自分が変わるということではなくて、恐るべき答えだった。
外の世界への通過儀礼
なぜ私は膣にペニスをいれることができなかったか。なぜ私は言語というもので人と絡み合うことができなかったか。私が選ばれた人間だからだ。私はたった一つの尊い手段を与えられていて、迷わずにここにたどりつくために、他の道は全て封鎖されたのだ。
ここからものすごく怖い展開になっていきます。
彼女は小さいころ魔法少女が使っていた銀色の扉を開けるべく、女性を無差別に襲うことにしたのです。
そこに銀色の扉があると思ったから。
外の世界との架け橋となるべく「通過儀礼」が「殺人」なのです。
恐ろしいけどちょっと分かる気がするんですよ。
中村文則作品で勉強したのかなぁ。
彼女にとって殺人は殺人ではなく、扉を開くという行為の結果が殺人であるだけなのです。扉を開くというのは外の世界へ繋がる行為です。
結果的に彼女は殺人を犯すことはなかったのですが、銀色のステッキが見つからなければ犯していたでしょう。
彼女は銀色のステッキに扉を見出し、そこから外の世界に触れました。
世の中で殺人のニュースがありますよね。
殺人者の気持ちなんて知りたくないやい!って思う人もいるかもしれませんし、意味分からないと思う人もたくさんいると思います。
私は本を読むまでそういう気持ちでした。
例えば殺人じゃなくても、この少女のように「なんで人のせいにするかな」って人や、いくら教えても変わらない人というのは身近にいませんか?
どんどんシフトを削られても辞めなくて「普通辞めるよね~」とか言われている人いませんか。
「なんでこうケンカ腰みたいな物言いしちゃうのかな」とか「もっと素直に謝ればいいのに」って思ってしまうような人に出会ったことはありませんか。
一言で言えば「要領が悪い」だったり「空気が読めない」「コミュニケーション能力が低い」で終わってしまうけど、もしこの少女のようにその人たちが閉じこもって生きているのだとしたら。
彼女のように、自分勝手だけど一所懸命に扉を探しているだけなのだとしたら。
私が村田さんの小説に求めているのは、そこなのかもしれません。
自分一人の考えでは理解できないその向こうへ連れていってほしい。
出来るなら分かりたい、一言でその人を分かったような気持ちにはなりたくない。
なにかヒントが欲しい。
それを見つけるために、純文学というものを手にしている気がします。
エンターテインメント小説も面白いのですが、純文学も定期的に読みたくなる。
皆ってそれぞれが出来たことだけを持ち寄った記号だから、分解すれば出来ないことが山ほど出てくるはず。出来なくて、なんで自分だけって悩んだこともあったなぁ。