≪内容≫
1951年3月7日から二カ月間、イギリスの大新聞に連続して掲載され、ロンドンじゅうの話題になった奇妙な個人広告。広告主の「ビスケット」とは、相手の「人魚」とは誰なのか?それを機に、第二次大戦中の漂流事件に秘められた謎が解き明かされていく…。現実の新聞広告から生み出された驚くべき物語。海洋冒険小説とミステリの見事な融合として名高い幻の傑作、新訳決定版。
知ったのはこの本からです。
1942年、シンガポールの戦いの最中
1942年1月、約二千トンの商船であるサンフェリックス号はシンガポール港に入った。
日本軍の脅威の前にシンガポールの国際都市に住む人々の多くがこの商船に避難民として乗船します。
船の中は様々な人種で溢れかえっていた。
アジア人、白人、ハーフ、ギリシャ人、インド人・・・色んな表現で描かれています。
避難民を乗せたサンフェリックス号は2月15日のシンガポール陥落の日、広大な大海原のど真ん中で、沈没します。
攻撃を受けて即死する者、溺れ死ぬ者、船にしがみつく者がいました。
しかし救命ボートは、長さ三十フィート(約9m)よりはるかに小型のボートが二艘と、救命ボートの一艘だけだった。
その内の一つのボートは、殺到した男たちにより穴が開けられ浸水してダメになった。
人々は海の中で鮫の恐怖とも戦わなければならない。
残ったボートの他にラフトを膨らませて乗った男二人が居た。
二つのボートがすし詰め状態なのに対して、ラフトにはたった二人だった。
しかし男たちは何か口論のようなものを始め、共々海の中へ落ちて消えてしまった。
暫くすると空っぽになり海を漂うラフトに4人の男女が泳ぎ向かった。
鮫の恐怖に打ち勝ち、ラフトまで辿りついた4人の男女が人魚とビスケット、さらにブルドッグとナンバー4。
この4人の14週間に渡る漂流が幕を開けた・・・。
一人の女と3人の男
14週間の漂流。
食料は限られていて、海の中には当然のように鮫がいる。
海水は飲めない、水も限られている。
こんな状態で、すし詰めではないにしても、小さなラフトの中です、諍いが起きない方が難しい。
イギリス人の人魚とビスケットとブルドッグ。
そしてブルドッグから黒んぼと呼ばれたハーフのナンバー4。
男たちの中には明らかにナンバー4を毛嫌いする感情がありました。
しかし人魚は誰に対しても平等な対応をし、誰に対しても親切でした。
人種差別や正義について
ナンバー4は異質でした。
まず4人の中で一人ハーフだった。
そして片足だった。
ここからは私の想像ですが、ナンバー4がいなければ3人は死んでいたかもしれないと感じました。
三人はイギリス人でした。
そしてイギリスと言えば紳士の国とも言われていますよね。
つまり、ブルドッグとビスケットは卑怯なことは出来ても野蛮なことはできなかった。
人魚はイギリス人である前に女性であり、特殊な人でしたので野蛮なことはできません。
しかし14週間という約三か月半に渡る漂流は綺麗事では生きていけないはずです。
ナンバー4は片足というハンデがありながら、ラフトまで泳ぎ切るほどの上半身の筋肉がついていたし、ラフトの近くを通った海亀を捕まえ、捌くことができました。
その光景は血まみれであり野蛮そのものだと思います。
しかし、ブルドッグとビスケットがナンバー4を毛嫌いしたのは、こういった生命力なのだと私は思います。
生きたいという意思はそれぞれが同じくらい持っていたと思いますが、それを上辺だけの絵空事にするのではなく実行できるのがナンバー4だったのです。
更に、彼らはイギリス人であるという誇りがあったと思います。
1942年は白豪主義の世界でもあった。
ブルドッグはナンバー4に対して「黒んぼ」「奴隷の国へ帰れ」などと暴言を吐きます。
地の上では白人がいかに偉くても、この大海原のど真ん中では全く役に立たない自分。そして見下していた黒んぼの生命力の強さに始終恐怖していたのがブルドッグでした。
ビスケットは傍観者でした。
あるいは平和主義者とも言えます。とりあえず皆の気持ちを組みたい。だから心を開かないナンバー4が分からなくて邪魔者と感じる。
人魚は4人で漂流を終わらせることを目標としていました。
しかしナンバー4の野蛮さや、突然3人を支配しようとしたり、人魚の定位置を奪う(小さなラフトの中では暗黙の了解のように自分の場所があった)行為に脅えてもいました。
そんな中で3人が下した決断と、ナンバー4の運命はいかに。
結末はミステリーというよりホラーのような気もしました。
弁護士であるブルドッグに対して、ナンバー4が求めたものは正義でした。
ナンバー4は知っていたのです、全ての人々の素性を。
正義を計る弁護士であるはずのブルドッグの態度に、ナンバー4は何を思ったでしょうか。