深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

【映画】ペット・セメタリー~オカルトを生むのは死者ではなく生者である~

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≪内容≫

アメリカ・メイン州の小さな街ルドロー。トラックが行き交う道路沿いに引っ越してきたルイス一家は新しい家に大喜び。だが、数日後、ペットの猫が轢死。近くにあるペット・セメタリー(動物墓地)の奥の“禁断の場所”に埋めると、なんと翌日猫は生き返った。日を置かずして幼い息子ゲイジがトラックにはねられ死亡。歎き悲しむルイスはこっそり遺体を例の場所に埋葬するが…。

 

 

キング!キング!!キングッ!!!

これはね、ちょっと怖いです。

そもそも「怖い」という感情?生理現象?はどこから?何から?発生するのか、と考えると、それが自分の身の上に起きそうか否か、だと思うのです。

 

 大体のホラー映画が怖くないのは、自分の身の上に起きたら笑うやんwwとか思えるし、明らかなフラグを発見できる(回避ルートを考えられる)からなんですが、これは笑えないし、それどころか真剣に考え込んでしまう。

 予測可能回避不可能は現実にこそ・・・あるよね。

 

不可能を可能にすることは正解か?

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 予測可能回避不可能は現実にこそある。つまり、生者の世界でそれは生まれる。

 なぜか?救われたいからである。

 誰が?生き残った自分が。

 

 心半ばに死ぬというのも辛いけど、唐突に奪われる側に立つのも相当辛いのである。人によっては生きる屍となるかもしれない。そんな精神状態に陥った時、人は社会における倫理や道徳で制御できるものだろうか。

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 その中でも、今回は男達の戦いである。

男の・・・心ってのは

岩のように

かたいもんだ

 主人公のルイス医師が引っ越してきた家は大通りに面していて、その通りは高速で大型トラックが通り過ぎていく。

 そのためその通りで息絶える動物は跡を絶たず、近くに動物専用の墓地が作られていたのだった。隣人が語ってくれたこの忠告はルイス家のに向けられたものであったが、轢かれるのは動物には限らない。人間の可能性もあるのだった。

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 ルイス医師は新しい街で最初に運び込まれた青年の死を看取る。彼を導くことになる息絶えた青年は搬送されたときにはすでに手の施しようがなく彼の目の前で死んでしまった。余計な深読みですが、この時点で先生は生者と死者の境界線に近寄っていた・・・とも考えられます。

 ほら、お葬式でも家に入る前に塩をふるじゃないですか。気枯れ(ケガレ)を祓う、つまりエネルギーの回復の儀式なわけです。海外ってしないのかな?

 

 とりあえず、若くして亡くなった青年は霊となって、先生に助言します。

行くな 先生 あの境界線を 越えるな」とね。

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しかしあっさりと境界線を越える先生であった。

 正直なところこの隣人が招いた事件でもある。人の善意って人を狂わせもする。だから、かたくなに心を閉ざす、とか閉口する、とかってね、相手を守ってる場合もある。フラグ通りだが、ルイス家の猫が轢かれてしまい、悲しみに暮れる娘のため隣人の導きでルイスは禁断の魔法陣に出会う。

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この魔法陣の中に埋葬すると、死んだペットが生き返る。しかし、死ぬ前とは違い、腐臭をはなち、攻撃的になって帰ってくる。

 隣人がなぜあの埋葬地を教えたのか。それは愛猫の死を受け入れるための時間を医者の娘に与えてあげたかったから。

 表題は「ペット・セメタリー」である。そう、このままペットの墓地で終われば良かった。別にペットだからいいって言うんじゃない。でも、人間は言葉が通じてしまう、会話が出来てしまうというのはかなり精神にクるのである。

 猫が魔法陣の力で蘇って数日後、今度は息子ゲイジが高速トラックの餌食となってしまうのだった。

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 キング作品において、子供はかなり重要である。

 そして大体において子供の方が正しい

 大人は子供に常識や道徳を教えようとする。が、子供というのはわざわざ言葉で教えなくても分かっているのである。

 「神様がゲイジ(死んだ弟)を返すまでは」と聞いて、慌てて「それは無理だ」と諭す隣人であったが、確かにもう一度元の姿で戻ってくる、というのは無理である。そして、いつの日か神様がゲイジを連れてくる、という夢を持たせるのも酷である。

 

 しかし、子供は分かっている、と思うのです。人間側が死に関わることができない、という本質を。そしてそれが禁忌であることを。

だから、神様に願うしかなく、現状を受け止めるために子供なりの語彙力で語ったのが、「神様がゲイジを返すまで」という言葉なのである。

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 この子はシャイニングに出てくる少年と同じ力を持っている。

 そして、この言葉はちょっと捻ると、「神様には出来るが、人間には出来ない」という意味にも捉えられる。神様を信じるから、パパは何もしないでね、という風にも考えられる。パパが道を踏み外さなくても、神様を信じてみるから大丈夫だよ、という娘なりのメッセージのような気がする。

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 ここらへん屍鬼思い出すなぁ。

 ルイスは猫が蘇ったことでゲイジも蘇らせようと土を掘り起こして埋められた息子を取りだし抱きしめる。

 こういう恐怖と愛情のきわっきわを描くのがキング節炸裂ですね。ルイスは完全に今までの社会的な自己を見失っているが、愚かさの原因が愛情な場合人は単純に相手を責めることなどできない。

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しかしただ暗いだけでは終わらないのがキング!

 娘のシャイニングによって、父の元へ向かう妻。

そして、妻のサポートをするやさしき幽霊。超ユーモアがあって、超おもしろいし、超ほっこりする。

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終盤はスタンドVSスタンドになってます。

妻×良い幽霊

夫×悪霊

 の戦いです。妻は一刻も早く夫を止めたいのですが、事あるごとに出鼻を挫かれてしまう。

 せっかく借りたレンタカーも故障。途方に暮れる妻と励ます幽霊。しかし妻には幽霊は見えていません。「は?誰か何か言ったかしら・・・?キョロキョロ」と言う感じである。

 しかし、夫には見えているし会話が出来ている。つまり、夫は半分そちら側に行っているか、すでに悪霊に動かされているとも読める。

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男の心は岩のようにかたい

自分の人生にすべてを賭ける

手に入れたものに責任を負うからだ

そして所有した物は必ず君の元へ戻って来る

 私このラストがものすっごい人間臭くて好きなんですよね。めちゃくちゃ哀しいけど、たぶん私も同じ道を選んでしまう気がする。