深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

【映画】砂の器~なぜ作曲家だったのか、なぜ正義は殺されたのか~

≪内容≫

人間の宿命を追って胸迫る感動! 

迷宮入りと思われた蒲田操車場殺人事件。捜査を担当する警視庁刑事・今西と西蒲田署刑事・吉村は、「東北弁のカメダ」という言葉を手がかりに東奔西走、犯人に肉薄した。 そこで二人が見たものは、栄光の階段を上りつめる天才音楽家の隠された宿命だった。

 

 やっぱり名作は見とかないと・・・って思って見たんだけど泣いた。

 びっくりするぐらい泣いたし、昔の警察が人情的すぎてびっくりした。いや、今が違うってわけじゃないん(だろう)だけど、今の映像では見たことない最後の刑事・今西の語りと過去の回想シーンが・・・

 映像古いけど人生で一回は見たら良いと思う。

 

 

砂の器の意味

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 映画の最初って思い入れないからどーーーしても記憶から薄れてるんだけど、もう一回戻ると、最初のシーンの意味がわかって辛い・・・けど見た方がいいと思う。

 逆光の中少年が水で固めた砂の真ん中に水を注いでいます。そしてそこからひと掬いして砂の器を何個も作るのです。

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 だけど砂で作った器は風に煽られサラサラと崩れて消えてしまうのであった。

 

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 身元不明の死体が発見され、捜査本部が開かれた。

そこで捜査を担当する警視庁刑事・今西。少ない所持品から死体が何者であるのかという点から捜査が始まった。

 

 被害者に辿り着くまでも丁寧に描かれているのですが、ここでは割愛します。

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 被害者は顔面が分からないほどになっていて、しかも元警官だという。そこから怨恨の可能性を考えるも、村人は誰ひとりとして彼の悪い噂を知らなかったしそんなものなかったのである。

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 並行して孤独な作曲家が描かれる。

幸せなんてものがこの世の中にあるのかい
もともとそんなものはないのさ
ないから皆がそんな影みたいなものを追ってるのさ

 彼が今作っている曲のタイトルは「宿命」。

宿命とは「生まれてきたこと、生きていること」と彼は言う。

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 今西はついにカメダの地、亀嵩にて被害者三木と、三木が出会ったある親子の運命を知ることとなり、それこそが犯人へと繋がっていったのだった。

 

 さて、後半は今西が辿り着いた親子の回想シーンになります。

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 親子はお遍路姿で旅に出ます。

なぜ、この姿で旅に出るかというと父・千代吉がハンセン病にかかってしまったため、村を出なければならなくなり、食を得るためにお遍路姿で巡礼をしている者としたのでしょう。

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 しかし人々は二人に対して施しをくれるどころか、冷たくあしらいました。

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 村の警官は彼らを見ると村から追い出しました。

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 二人はそんな中離れずに寄り添って生きてきました。

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 そんな二人に転機が訪れたのは、立ち寄った亀嵩で今回の被害者三木警官に出会ったことでした。彼は二人を追い払ったりせずに、千代吉を治療施設に送り、息子を自分で保護すると決めたのです。

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 ハンセン病はうつる病とされ、一緒にいることで息子にまでうつったらどうする、 と言われた千代吉は息子と離れる決意をし駅で電車を待っていました。

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 息子は一言もしゃべりません。だけど、線路を走って父親のところにやってきたのです。今生の別れだと思ったのでしょう。

 母は父親の病気を知ってから自分を置いて消えてしまい、今まで会った村人たちの中には誰ひとりやさしくしてくれる人はいなかった。唯一自分の近くにいてくれた父親までもどこかに行ってしまうとしったとき、彼はどんなことを思ったのでしょうか・・・。

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 三木は二人の親子の絆の深さに涙し、その後ずっと千代吉と手紙のやり取りをしていたのです。

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 しかし息子は父親と別れてすぐ三木の元を去ったため、父親とも三木とも縁が切れていました。というか、そうしないと生きていけなかったのではないでしょうか。自分の身内にハンセン病にかかった人間がいると知られたら、また冷たい仕打ちを受けるのは身にしみてわかっています。三木がやさしくしてくれても、この村では自分たちのことはすでに知られているし、父親と別れてしまった以上もう自分を守ってくれる人はいない。

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 砂の器がつくられたのは、父親と別れることになった亀嵩の地でした。

渇けば風にさらわれて容をなくしてしまう器は、父親と別れたあとの息子の姿ではないでしょうか。

 彼は渇かないように必死に色んなものに手を伸ばしていたと思います。富や名声や女や、それら世間の価値観というものに。

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 だからこそ、三木が父親に会うようにと尋ねてきたことは、彼にとってものすごい恐怖だったのではないでしょうか。

 三木は二人の線路での固い抱擁を見ています。彼は村人の言うとおり「正義」の象徴です。そして二人を阻害してきたのは間違った「正義」からでした。だから彼を殺すことはある意味で、自分たちを蔑ろにしてきた「正義」へ反抗とも思えます。

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 千代吉は今西に大きくなった息子の写真を見せられる。もちろん自分の息子であると気付くが、こんな人知らねえ、と答えるのだった・・・。

このシーン色んなレビューで書かれてますが、ほんとに鬼気迫る千代吉の嗚咽にはこちらも色んなもの引き出されます。。。千代吉と三木がほんとにいい演技?というか自然で、だからこそものすごく悲しいです。

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 「宿命」の演奏が終わり、たくさんの人の拍手の中で笑顔になります。そして三木にはこの発表のため、千代吉には会えないと断ります。

 

 ただ、千代吉がハンセン病でそれを暴かれたくない、今の音楽家としての地位を失いたくないというだけでなく、大きな理由はこの「宿命」の披露にあったのだと思います。

 二人の放浪はこの「宿命」の演奏の中で回想されていきます。つまり「宿命」とは自分と父のあの放浪していた時間のことで、そのことを文字に書いても受け入れてもらえないことが分かっているから音楽で語ったのではないでしょうか。

 

 父と二人で過ごした時間を音楽に変えて、その音楽を皆が賞賛してくれれば、あの二人の思い出が、あの時の自分と父親が誇れるべき存在だったのだと自分の中で認めることができると思ったからこそ、この披露を中断するようなことだけは出来なかったのではないでしょうか。

 例え彼が父親に会わなくても、彼の時間はおそらくあの亀嵩で止まっている。だから会うことよりもそれを確かにすることの方が大切だったのかと、私は思います。

 もしも彼自身が砂の器なら、彼が渇かないように自らを保ち続けたのは、この「宿命」において世間から存在しないもののような扱いを受けていた過去の自分たちを世間に認めさせるためだったのではないかと・・・思ったりしました。

砂の器 デジタルリマスター版
 

  芸術というものがはっきりしないのは、こういう解決もあるからだと個人的に思うのです。例え作者と観客の見てる世界が違っても双方がそれぞれ着地できる場所を生むことができるのは芸術しか思い当たりません。