深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

【映画】永遠の反逆児 ヴィヴィアン・ウエストウッド~服を買うな、アートを探せ~

≪内容≫

日本でもお馴染みのファッション・デザイナー、ヴィヴィアン・ウエストウッド。彼女の70歳の誕生日(2011年4月)を記念して制作されたドキュメンタリー。70歳の今も、常に革命的旋風を巻き起こし、ファンは彼女に魅了され続けている。その力強さに反して、彼女の素顔はとてもチャーミングで自由奔放!

 

 昔ヴィヴィアン・ウエストウッドのアームリングがすっごい欲しくて。

  でも買えないからお財布だけはヴィヴィアンにしてた。今でも好きなんだけど、年齢的にシンプルに落ち着いちゃって見るだけで満足してます・・・がお金があったらコレクションしたいくらい好きなデザインです。

 そんでこのドキュメントみてヴィヴィアンという人間をすごく魅力的だと思った。作品だけでなくその人を好きになれるのは、とてもうれしい。

 

 

アートは存在するのか?

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アートには鑑賞者が必要です
人が気づいてアートは意味を持ちます


アートは存在するのか?


この問いへの答えは非常に重要です
もしアートが存在するなら
世界は変わるからです


アートがなければ進歩はない
アートを見つけなくては


さあ 探しに行きましょう

 現在77歳のヴィヴィアン。

 ヴィヴィアンに限らず、アートってなんじゃこれ?って思ったことが誰でも一回くらいはあるんじゃなかろうか、と思います。

 だけど、そこにはものすごいメッセージが込められていると私は思っています。

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 これはヴィヴィンが気に入った猿人のイラストなんですが、モノに名前をつけるとき、カテゴライズ訳するとき、我々は無意識にそれらを評価してラベリングしています。

 人は自由だというくせに、評価しレッテルが貼られないことには存在できない。それが社会であります。

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 ヴィヴィアンの本棚です。

海外って結構横置きが多いのでしょうか?なんかオサレー!うらやましい。

三つの悪とは

・"国家への やみくもな崇拝"
・"組織的な嘘"
・"絶え間ない混乱"

その中でも最大の悪は"絶え間ない混乱"だとヴィヴィアンは言う。

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  ヴィヴィアン・ウエストウッドと言えば、パンクやロックのイメージがあると思うのですが、それではパンク・ロックとは何を指しているか。

 端的に言うと反体制派ということになるのかな。彼らはよく自由を歌うし、自殺を歌うんだけど、それは自分たちが国家や政治的な策略という籠の鳥だと思っているからなのでは?と思う。

 

 ヴィヴィアンは三つの悪を自分なりに解釈して考えていた。

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 そしてそれを私なりに考えてみた。

ヴィヴィアンはアドバイスとして「服を買うな」と言う。

 服を買うことは消費者というレッテルを貼られることになり、人は服を着なければならない、という社会システム、すなわちプロパガンダによって無意識に操作されているということになる。自分が選んだつもりでも、選ばされているという状況ですね。

 

でもそれが「アート」だったら。

アートに実態はありません。道端に落ちてる石ころだって、普段の日常風景だって、我々が気付けばそこにアートはあるのです。

だからこそ、ヴィヴィアンは服を買うのではなく、アートを見つける、という意味をファッションに生かしたのではないかと思うのです。

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 ヴィヴィアンは服は人生の支えになるし、一緒に生きていける、と言います。

服が人生の支えになるのだとしたら、私が思うに、それは服を着る人間が服に何かしらを見出したときです。

 ヴィヴィアンは服に可能性を見出した。だけど、それは最初から見つけられたわけではなく、15年ほど退屈な時期があったと言う。それでも彼女がまた服を好きになれたのは、そこに一つの世界を見つけたからです。

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 アート自体はとてもあやふやなものです。不確かで泡沫のようなものです。

しかしその作者には血が流れていて、その作品の背景には作者の人生が編み込まれています。

  大切なのは芸術というのはリアルから生まれているということです。

どんな夢もどんな希望も生きていけないなら意味がないと私は思う。だからヴィヴィアンの「一緒に生きていける」という言葉は血が通っていてとても確かなものだと思った。