≪内容≫
これは、単なるパニック映画ではない―。
全長1.9kmの暗窟。
手元にあるものは残量78%の携帯電話、水のペットボトル2本
そして、娘への誕生日ケーキ
思えば韓国映画はハ・ジョンウばかり見てる気がする。
この映画ってどこまでリアルなんでしょうか。とにかく被害者が可哀相な展開。
国民感情=救助活動
愛する一人娘へのケーキを買って帰る途中にあったトンネル。何も疑問に思わず突入すると唐突にトンネルが崩れ、男は暗闇の中に閉じ込められてしまう。男の携帯からSOSがあったため、報道陣はこぞって男にコンタクトを取りメディアを煽ろうと画策する。
心配で現場にやってきた妻と政府関係者たちを並ばせて写真を撮る報道陣たち。政府は全力を挙げて救助すると宣言するが、当初予定していた7日では救助できず、大幅に遅れが発生していた。妻は娘を母親に預け、現場でボランティアのような活動をして夫の帰還を待ち望む。
しかし救助活動はままならず、メディアは新たなネタを欲し
現場は「もう死んでるだろう」とあきらめモード。死人のために、なんでこんなに働かなきゃならんのだ・・・と言う感じ。そんな現場で工事中の事故いよる死者が出てしまう。
その怒りは手抜き工事をした会社にでも、救助活動の遅延でもなく、被害者である男に向った。そして、男は死んでるかもしれないから生きている母娘へと向けられたのだ。
娘は幼稚園で、母親の話を聞いた子どもたちにいじめられ登校拒否。
妻は直接非難を浴び、政府からも見捨てられてしまう。
追い詰められた妻は、申出にサインしてしまうのだった。
男の携帯の電池が切れ消息が不明となったことと、周りのみんながすでに夫を死んでいる者と扱う中で、何を信じていいか分からなくなってしまった妻は、夫用のラジオに向かって思いの丈を語る。
この世界では、姿もなく声も聞こえないものは死んだことにされてしまう。
妻の放送を聞いていた男は、救助を待つだけだったが、それでは助けは来ないことを悟り、自ら動き始める。
ちなみに、この映画ちょっとトルストイっぽいなーと思うところがあって、
それはこの男が持っていた水2本とケーキは、いわゆる社会的弱者に関する物だったんです。これがなければ男が生き延びることはなかったでしょう。
対して、社会的強者であるマスコミや救助隊、政府は彼を見殺しにします。
想像力のむずかしいところは、想像することじゃなくて、想像したことを信じることだよなぁ、と思う。