深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

父の詫び状/向田 邦子~いつの時代も変わらない家族の風景~

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≪内容≫

 宴会帰りの父の赤い顔、母に威張り散らす父の高声、朝の食卓で父が広げた新聞…だれの胸の中にもある父のいる懐かしい家庭の息遣いをユーモアを交じえて見事に描き出し、“真打ち”と絶賛されたエッセイの最高傑作。また、生活人の昭和史としても評価が高い。航空機事故で急逝した著者の第一エッセイ集。

 

  私の中で家族のエッセイといったらさくらももこさんで、「もものかんづめ」を読んだとき、マンガの風景とほとんど変わらない雰囲気を感じてエッセイの面白さを知った。

もものかんづめ (集英社文庫)

もものかんづめ (集英社文庫)

 

  この「父の詫び状」もさくらさんの書くような、どうして大人になってこんなに鮮明に子供時代を描けるのだろう、というくらい自然な思い出に時代も生まれ育った県も違うのに共鳴してしまうのであった。

 

父親という生き物

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 母と娘、父と息子、は想像できても、父と娘の像はピンからキリのような気がする。実際、父親の話題が出たとき4人いたら一人は仲良し、一人は普通、一人はケンカ中、一人は嫌い、という間柄になっていたりする。

 私自身は父に対して憎しみはないので、特に思い返して面白いこともなければ辛いことや怒りが再燃することもない。

 

 向田さんの父親は、本を読む限りよくお酒を飲む人らしい。

 私が心温まったお話を少し引用させていただく。

 

記憶の中で「愛」を探すと、夜更けに叩き起こされて、無理に食べさせられた折詰が目に浮かぶ。つきあいで殺して飲んできた酒が一度に廻ったのだろう、真赤になって酔い、身体を前後にゆすり、母や祖母に顰蹙されながら、子供たちに鮨や口取りを取り分けていた父の姿である。 

 

  向田さんは1929年生まれだから、戦前も戦争中も戦後も経験している。

 このエッセイには戦争の匂いも含まれている。だからだと思うのだけど、なんとなく太宰治の「津軽」が思い浮かんだ。

津軽 (新潮文庫)

津軽 (新潮文庫)

 

  私は太宰治の「人間失格」のような暗い方の作品より「津軽」のようなお茶目な太宰が大好きなのである。

 本作は基本的に明るいのだけど、ものすごくたくさんの人が死ぬ。戦争だけでなく、一生のうちにこんなに死が身近にある人というのは一種の宿命のような気さえしてくる。

 

 カフェのウェイトレスが恋人に殺されたのをニュースで知ったり、学校の先生が注射のショックで死んだりするのだ。病気や事故だけでなくそんな死に方を向田さんは見てきたのだ。

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 私が一番好きなエピソードが「お軽勘平」というお正月の風景を描いたお話で、 子供ながらに貴重な人材として父の接待の手伝いをする筆者がこっそりと聞いていた父のお茶目な部分が描かれています。

 

 酔った客が、ちょっと品の悪い歌を歌い始める。歌詞が危うい箇所にくると、茶の間にいる娘の私に聞かせたくないと思うのだろう。父が持ち前の大声で、

「バンザイ!バンザイ!」 

と叫ぶ。

 

  父は見ていないようで見てるし、娘もまた見てないようで見てるのですね。

 それが母と娘なら「さっきこうだったでしょ?」なんて口に出せるんですが、父と娘ってこういうのお互いの胸に秘めるとこありますよね。

 

 私自身には父の来客をもてなしたことなどないけれど、私が仕事から帰ってきてご飯を食べている時に父が見ているアメリカドラマでカップルがいちゃつきだしたときはかなりの確率でチャンネルを変えてますw

 気付いてるけど何も言わず黙って成り行きを父に任せてますw

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私は亡くなった祖母とは同じ部屋に起き伏しした時期もあったのだが、肝心の葬式の悲しみはどこかにけし飛んで、父のお辞儀の姿だけが目に残った。私たちに見せないところで、父はこの姿で戦ってきたのだ。父だけ夜のおかずが一品多いことも、保険契約の成績が思うにまかせない締切の時期に、八つ当たりの感じで飛んできた拳骨をも許そうと思った。私は今でもこの夜の父の姿を思うと、胸の中でうずくものがある。 

 

  このエッセイ、というかエッセイはみんな読みやすいものなのか、戦前・戦後の話が含まれていてもものすごくすんなりと胸に入ってくるのです。

 

 景色や時代が違う事は文字にも表れているのですが、家族の風景というのはいつの時代もそこまで変わらないのかもしれません。私は祖父母と暮らしたことはないけれど、サザエさんのおかげか、違和感も疑問もなくただただ心が温かくなりました。

新装版 父の詫び状 (文春文庫)

新装版 父の詫び状 (文春文庫)

 

 これだけ人を温め、笑わせてくれる文章は向田さんがすごい苦しみの中で生みだしたものだと考えると、更に胸に来るものがありました。こういう優しい人になりたいな。