深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

【映画】スタンリーのお弁当箱~教育も食料という賄賂なしでは受けられないのか~

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≪内容≫

みんなを笑わせているクラスの人気者スタンリー。彼は家庭の事情でお弁当を持ってくることができない。昼食の時間はいつも一人ぼっち。水道の水を飲んで空腹を我慢している。そんな彼を助けようと、クラスの友達はみんなのお弁当を少しずつ分けてあげるが、食い意地の張った先生に見つかり、取り上げられてしまう。「ネズミめ、お弁当を持ってこれない奴は学校に来る資格はない」その言葉に深く傷ついたスタンリーは、次の日から学校に来なくなってしまった…。

 

 パッケージからはほのぼのとした雰囲気を醸し出しているのだが、観てみると一筋縄ではいかない内容。ストーリーが難しいのではなくて、背景が分からないのだ。

 なぜ弁当を持ってこないことに憤慨する教師こそが持ってきていないのかも、その教師に皆が毎日おすそわけするのかも、この教師が肥えているのかも、誰もこの教師に苦言を呈さないのかも、何もかも謎である。

 oh・・・india・・・

 

食料と教育

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 主人公・スタンリーは明るい性格でクラスの人気者だったが、両親が不在のためにお弁当を作ってくれる人がいないため、クラスメイトからお弁当をおすそわけしてもらっていた

 それも友達が事情を理解して「一緒に食べよう」と誘ってくれたのだ。しかし、同僚教師からのお恵みで食を賄う教師は自分と同じスタンリーに対して冷たく当たる。なぜならタンリーの友達のアマンのお弁当が超・豪華だったため自分がアマンのおすそ分けにあやかりたかったからだ。

 狡猾な教師に逆らう事が出来ない生徒達は毎日別の場所に移動して皆でお弁当を食べていたが、そのことを知った教師の逆鱗はスタンリーにだけ向かった。不満はあっても教師に逆らえない彼らは学校に来なくなったスタンリーのことを教室で待ち続ける。

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  暫く学校に来なかったもとい来れなかったスタンリーはお弁当を用意して件の教師の元に上納する。「これで授業に出てもいいですか?」と聞いて・・・。

 教師はスタンリーに対して「自分が恥ずかしい」と涙を流すが、こんなことになるまで気付かないのか?あほちゃう?と誰もが思うだろう。

 そもそもこの映画に出てくる"お弁当"は、このステンレス?のお重のようなものにカレーだったりポテトが入っているのだが、「いやそれで足りる・・・?」という位の量なのである。それを全て先生に上納するなど、もはやお弁当を持ってきた意味とは?と思ってしまうのであった。というか、全員少なすぎておすそわけしてもらうのが申し訳ないレベルである・・・。

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  実はスタンリーの両親は事故死しており、一人残されたスタンリーは叔父の家に引き取られ働きながら学校に行っていたのである。だからお弁当が必要なことを言えずにいたのだ。気付いたお店の従業員(コック)が店の残り物をお弁当箱に詰めて「気にするな、バレやしないさ、もっと早く言えば良かったのに」と優しく声をかけてくれる。

 

 スタンリーは両親の死を受け入れながらも、学校では両親が生きていてお弁当は母が作ってくれたのだと先生や生徒達におすそわけしながら語り続けるのだった。

 

 インドに限らずどこの世界でも児童労働問題っていうのはあるんですね。恥ずかしながら全然知りませんでした。というか、働いている子供は学校に行っていないと思っていたんです。衝撃だったのは、お弁当がなくては学校に来るな、という教師がいてそれがまかり通ること、加えて過度なおすそわけシステムである。

 もはや教育も食料という賄賂なしでは受けられないとなれば何もかも腐敗だな、と思って見ていました。

  勝手な解釈なんですが、親が死んでも悲しむ暇もなく働かなければならない状況からスタンリーは学校にいるときだけは昔に戻れるのかも知れない、と思いました。それとも働きながら学校に来ることが恥ずかしいことなのか、そこら辺の事情が全然分からないせいで「なんだかかわいそう」という薄っぺらい感想になってしまう。他の国の文化を知るのは難しいなと改めて思うと同時に、そう思える機会をくれるのも映画なんだよな、と思いました。