深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

あなたに安全な人/木村紅美~人を死なせた女と男の孤独で安全な逃亡生活~

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《内容》

第32回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞!
(選考委員:ロバート キャンベル)

3.11直前に教え子をいじめ自殺に追いやってしまったかもしれない元教師の妙と、沖縄新基地建設反対デモの警備中にデモ参加者を不慮の事故で死なせてしまったかもしれない便利屋の忍。
過去の出来事に苛まれるふたりは、「感染者第一号」を誰もが恐れる地で出会った。 人が人を傷つけ、傷つけられる世界で、「東京からの移住者」が遂げた謎の死をめぐり、ふたりの運命は動き出す――。

 

タイトルに惹きつけられた。「あなたに安全な人」とは誰を差しているんだろう?それが家族なら、家族だし、友達なら友達、恋人なら恋人。だけどきっとそれ以外の誰か。それ以外の「あなたに安全な人」とは何者なのか。

 

人を殺したかもしれない

 

四十六年も生きてたら、もしもばれたら、あいつ死んでしまえ、と恨みを抱かれていそうな隠しごとって、ひとつやふたつしでかしてるの、珍しくもないんじゃないの。わたしのは、ばれてないと思うけど。

 

 主人公は実家に一人で暮らす元教師の妙。両親はすでに他界し一人で家を守っている。ある日、排水溝のつまりをきっかけに出会った妙と便利屋の忍。二人には共通点があった。それは「人を殺してしまったかもしれない」という過去であった。

 

 教え子が自死した原因は担任である妙の責任だと、教え子の親から追いかけられる妙と、沖縄新基地建設反対デモの警備中にぶつかってしまった女性が亡くなったのは忍のせいだから黙っててほしければ金を出せと姪に脅される忍。

 

 しかし死んだのは「あなたのせいだ」と責め立てる声からじっと身を潜めて暮らす二人ではなく東京から移住しようとやってきた独り身の男性だった。ちょうどコロナの時代だった。ウィルスの潜伏期間を過ぎてから入居を認めることとなり、六十九歳の男性は廃屋同然の仮住まいに移され、そこで亡くなった。

 

 一人暮らしの妙は困ったことがあると便利屋の忍を呼ぶようになった。金が欲しい忍も呼ばれた時間が深夜だろうが呼ばれれば向かった。兄の敷地内の蔵の中でひっそりと暮らす忍なので自分の家というものはない。忍は妙の家の一室に住むようになる。しかし共同生活ではない。

 

このまま、けっして、顔は見せあわないで。互いの気配は、ときどき、幽霊がいるのかな、とでもびくっとさせるくらいに漂わせるのが理想です。・・・・・・ふたりにとってすごしやすそうな、暮らし方のルールについて、また閃いたらメモを廊下に置きます。ルールさえ守っていれば、自由です。明日からの仕事、お願いしますね

 

 インターネット上で「人殺し」として存在する二人だが、他の人たちはどうなのか、というのがこの小説の大きな核であると思います。物語は二人の奇妙な生活が目立ってしまうけど、きっかけとなった六十九歳の男性の死の犯人は社会であり私たちなのでは?つまり、みな誰かを知らないうちに誰かを殺している「人殺し」なのではないか?というのがテーマだと思うのです。

 

 SNSという匿名ツールで人を追い詰めて自死に追い込んだ人が裁判にかけられたり、特定されることも増えてきましたが、たとえ暴言を吐いていないとしても、たとえ無関心だったとしても社会の一員である限り、社会制度の恩恵と同じように罪も割り振られるものではないのか、と。

あなたに安全な人

あなたに安全な人

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 「人殺し」の声に怯え隠れて生きる妙は忍と暮らし始めたときも不安でいっぱいだった。だがラストでは忍と共に生きる、いわば戦友みたいな関係性になっていく。決して語り合うことも愛し合うこともない。身を寄せ合うだとか傷を舐めあうだとかそういう湿っぽさもない。しかし傷付いた兵士同士がお互いの存在を感じつつ自分の傷と向き合って回復していくようなそんな空気が流れている。