深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

吹上奇譚 第二話 どんぶり/吉本ばなな~愛のない思い出も心の中で温めることができる~

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《内容》

少女の霊に取り憑かれた美鈴と私は東京へ向かった。飲みこまれそうなほどに激しい動きの中で人生の舵取りをしていくことこそが、生きることだと知った。著者ならではの箴言に富む唯一無二の傑作哲学ホラー。

 

新キャラクター美鈴が登場。だけど、タイトルが語るように、今回の肝は「食」なのでした。

 

人を人とするもの

 

 そして癒しには必ず反作用がある。いいだけのことなんてこの世の摂理から言ってあるはずがない。そこを理解してこそ、なにかを極められる。

 最近の母は、なにかにとりつかれたように毎日なんらかの丼ものを作っていた。

 

 前回、こだちによって眠りから覚めた母が叔母の雅美さんが作ってくれた親子丼に救われたことから始まる。眠り続けて起きたら愛する夫もいなくて子供たちは成長してて…そんな状況の母をもう一度人生に参加させた”どんぶり”。これが本作の縁の下の力持ちとしてずっと作用し続ける。

 

 奪われて、またそれを他の人から奪って、妬んで、損した気持ちになって…そんな負の連鎖の中に黒美鈴が入ってしまい、しかも力で負けてしまったことを悲しく思った。私には何も言えない。私は殺されたこともないし、だれかにとり憑いたこともない。とり憑かれた人を助けようとしたこともない。だから、ただただ悲しかった。

 

 そういうことが起こりうる人間の思い、地上のどろどろした感情の仕組みが。

 

 墓守くんの彼女の美鈴除霊の仕事に失敗してとり憑かれてしまった。それを黒美鈴とミミは呼ぶ。命を奪われた女の子が今度は美鈴の身体を奪って生きていくという。ミミは美鈴に会いたいと思いながら、いいよ、きっと美鈴も許すだろう、と黒美鈴に言ってしまう。

 

 ミミにできた新しい友達の美鈴は消えて、ミミのセックスフレンドの都築くんはこの世からいなくなってしまう。(突然ミミにセックスフレンドがいた、しかもそのセフレは結婚していたという衝撃の事実がサラッと語られるところがまた面白いw)

 

 自然の法則に従い帰って来た美鈴とともにどんぶりを食べるミミたち。第二話では登場人物たちがどんぶりを食べる。食べるということは生きるということ。例えそれが死者である黒美鈴であっても”食べる”は”生きる”なのだ。すなわちお供えは死者も”生きる”ことなのだ。決して”生き返る”のではなく、生きる人の中に”生きる”のだ。

 

 

 アパートのドアを開けて、こだちの後ろ姿があればほっとしたしすごく嬉しかった。このほっとする感じだけが今のセックスに足りなかったものだなと思ったものだった。都築くんとの間にいつか愛が生まれるかなという希望さえなかった。

 

 しかし人は、愛なんて全く生まれなかったことの思い出さえもこうして心の中で温めることができる。

 

 個人的に「愛なんて全く生まれなかったことの思い出さえもこうして心の中で温めることができる。」この一文は救いでした。愛されなかったことより愛せなかったことの方が罪のように感じるから、愛が生まれないことが殺伐としたことだけでなく、それでも温めることができるし、大切にすることができる。