深夜図書

毎日23:30更新の書評ブログです。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

地獄変/藪の中他九篇/芥川竜之介~女は虎より強く、神仏より恐ろしいようです~

≪内容≫

地獄変の屏風絵をえがくために娘に火をかける異常の天才絵師を描いた『地獄変』、映画『羅生門』で一躍世界に名を馳せた『薮の中』など表題作のほかに『運』『道祖問答』『袈裟と盛遠』『竜』『往生絵巻』『六の宮の姫君』『二人小町』を収める。王朝物とよばれるこれらの作で、芥川(1892‐1927)は古い物語の中の人物を見事に近代に蘇らせた。

 

高校生の時に読んだ地獄変。

もう一度読んでみました。

高校生の時は、絵師が自死したのは娘への罪悪感からだと決め打ちしていたんですが改めて読むと色んな可能性が思い浮かびます。

11もの作品が詰まっていますが、どれも人間の業をテーマにしてる気がします。

私が好きだな~と思って三編を紹介いたします!

 

袈裟と盛遠

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ざっくり内容↓

言うと人妻の袈裟(♀)の元に昔の恋人の盛遠(♂)が現れ、二人は不倫関係に。

袈裟があまりに夫を褒めるのでやきもちきした盛遠は夫を殺そうと何度も囁く。

何度も囁かれている内に袈裟は夫を殺すことに同意をし、もし盛遠が夫殺害に怖気づいた場合は袈裟が盛遠を殺すような気迫さえ持ち合わせるようになった。

そして今宵、盛遠は愛していない女の為に何の憎しみもない男を殺しにやってきた。

 

そのとき袈裟は自分が夫のフリをして盛遠に殺されるのを待っている・・・というオチです。

 

童貞のときには輝いて見えた袈裟が、月日が経ったのもあるが自分が性を知ったのもあり再会したときにはとても見劣ったように感じた盛遠。

しかし、盛遠は袈裟とヤリたくてたまらない。

ヤリたいだけなら他の女でもいいはずなのに、なぜか袈裟を凌辱したくてたまらない。

したくもない殺人を仄めかすに至るまで。

 

袈裟はというと、盛遠のことが好きで好きでしかたないわけです。

好きな男から蔑まれ弄ばれ、それでも嬉しく思ってしまう。

そうなると嬉しく思ってしまう自分が卑しくて恥ずかしくてたまらない。

ああ、私は、女というものは、自分の夫を殺してまでも、なお人に愛されるのが嬉しく感ぜられるものなのだろうか。

昔から私にはたった一人の男しか愛せなかった。

そうしてその一人の男が、今夜私を殺しに来るのだ。

この燈台の光でさえ、そういう私には晴れがましい。

しかもその恋人に、虐まれ果てている私には。

この話のどこが好きって、男と女の対比がくっきりはっきりしてるところです。

盛遠は自分から不倫けしかけておいてこの不貞な女をどん底まで落としてやるぜ!みたいなクズ中のクズみたいな男なんですが、そこまでイヤな奴に思えない。

というのも袈裟がその何段階も上にいるからなんですね。

夫のことなどほとんど顧みず、愛されていないと分かっていながら不貞に走るを止められない。寧ろそんな自分にも気付いているから盛遠の浅はかな利己心を裏手にとって手を汚させようという算段。

恐ろしい。

悪いのは二人だとしても、けしかけたのも殺人を提案したのも盛遠なのに全ては袈裟の手の内にある。

 

男性が不倫してその不倫相手と別れられなくて困っている・・・という自業自得な話を聞きますが、自業自得なのになぜか不憫に思ってしまうほど女というのはしたたかなのです。

 

人を不幸に突き落とそうとすれば無傷ではいられませんよ。

喧嘩両成敗。

 

 

 

地獄変

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ざっくり内容↓

良秀という腕のいい絵師が殿様に地獄の屏風を描けと命じられた。

良秀は腕はいいが、性格に癖があり皆から嫌われていた。しかし娘に対しては子煩悩で大変可愛がるという面も持ち合わせていた。

その娘は美しさを気に入られ殿様の御邸へと連れていかれてしまった。

良秀は地獄の屏風を描くために、弟子を縛りあげたり蛇に襲わせたりして筆を進めるがどうしても完成に至らない。

そこで、殿様に檳榔毛の車を燃やしてほしいと頼む。

殿様は檳榔毛の車に火をかけ、さらに女を一人乗せようと提案する。

車の中で悶え死ぬ女を描きたいという良秀の願いを聞き届けた。

しかし、その女とは罪人の妻ではなく良秀の娘だった。

 

車の中で縛られ焼け死ぬ娘を最初こそ助けようとしたが、だんだんとその光景に見入ってしまう良秀。

地獄の屏風を完成させた次の夜、良秀は自室にて縊れ死んだのだった。

 

 

絵師である魂と、父である魂。二つの魂が一つの身体に宿った男。

二つの魂が一つの身体に宿る・・・というのは本人にとっては大変息苦しいことだろうと思う。小説家に自殺者が多いのもこのせい?とか思ってしまうのだが。

人の業について死ぬほど頭を悩ませる癖に、常に恋人がいる状況というのはなんてパラドックスなんだろうと思うのですが、小説家(とくに文学)って恋多き人多いですよね。

業も矛盾も知り尽くしているのに、それでも求めてしまうものなんでしょうか。

父として娘を助けたいと思いつつ絵師として生き生きとしてしまう良秀のように。

 

殿様が言った「如何に一芸一能に秀いでようとも、人として五常を弁えねば、地獄に落ちる外はない」という説は、サロメと同じ終幕ですね。

どっちの話にせよ、権力者が命じなければ事は起きなかったのです。

権力者とは本当に責任転嫁がお上手ですわ。

 

さて地獄の屏風を完成させ自殺した良秀ですが、地獄の屏風を完成させるまでは絵師の魂が、そして完成してからは父の魂が戻ってきたのだろうと思います。

絵師としてこれ以上の作品が描けないとなって自死したのかな?とも思いましたが、もしあの業火に焼かれた女が娘じゃないなら自死していないと思います。

娘を何よりも可愛がっていた良秀ですから、娘を置いて死ぬことはしなかったと思います。

バラバラだった二つの魂がこの一連の出来事で一つになった結果は死しかなかったのだと思います。

娘を助けなかった自責の念に苛まれる父の魂と

これ以上の絵はもう描けないだろうという絵師としての魂。

 

これまた何年か経って読んだら考えが変わりそうだなぁって思います。

 

 

 

二人の小町

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ざっくり内容↓

黄泉の使いが現れた!

まずは小野の小町のもとへ。

しかし腹に子が宿っているので他の小町のところへいくよう頼み込む。

使いはその話を信じ他の小町のところへ。

しかしそこで出会った小町から、小野の小町のいうことを嘘だと告げられる。

そして小町の甘いささやきに堕ちてしまった使いは、最初の小町の元へ。

しかしそこで小町の警護にあたる陰陽師によって返り打ちにあってしまう。

数年後、すっかり年老いて女乞食となった二人の小町の前に再び使いが現れる。

若い時には使いを騙した癖に黄泉に連れていってくれと調子よく頼む二人に使いは「もう騙されたくないからいやです」と痛烈に返すのだった。

 

これもちょっとサロメに似ているんですよ。

サロメでも「女が男をダメにする」的なこと言っているんですが、これもそんな話です。

これが一番恐ろしいのですが、第三に世の中は神代以来、すっかり女に欺されている。女といえばか弱いもの、優しいものと思いこんでいる。ひどい目にあうのは何時も男、会わされるのは何時も女、-そうより外に考えない。その癖ほんとうは女のために、始終男が悩まされている。

(中略)

あなたがたは男の心も体も、自由自在に弄ぶことが出来る。

その上万一手に余れば、世の中の加勢も借りることが出来る。

この位強いものはありますまい。

またほんとうにあなたがたは日本国中至るところに、あなたがたの餌食になった男の死骸を撒き散らしています。

昨今、女性の地位が向上して強くなった・・・と言われていますが、こんな昔から女性は強いようです。

まぁ「袈裟と盛遠」の話でも女性の方が強いんですよね。。。

しかし男性サイドから言われると、何ともいたたまれない。

絶対無理だけど、男になってみたいな~と思う。

心も体も自由自在に弄ばれてみたい。

結局人によるとは思いますが、なんだか男の人が女性を求めるのと女性が男性を求めるのって本質がまったく違う気がするんですよね。

やはり、人間は皆女性から生まれたというところに由来するんでしょうか。

 

ここら辺もっとじっくり考察してみたいです。

そして、もっともっと考えていったら一周回って恋多き人生が送れるかも・・・とちょっと希望が芽生えてきました。

 

人生って男と女。

地獄変・邪宗門・好色・薮の中 他七篇 (岩波文庫)

地獄変・邪宗門・好色・薮の中 他七篇 (岩波文庫)