深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

死の棘/島尾 敏雄~他人を愛せても他人の人生を自分の人生にすることはできない~

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≪内容≫

いまこそ読むべき不倫小説の名作『死の棘』 異様に疑り深い妻との神経戦を味わう

思いやり深かった妻が夫の〈情事〉のために神経に異常を来たした。ぎりぎりの状況下に夫婦の絆とは何かを見据えた凄絶な人間記録。

 

なんで不倫とか浮気がダメかって、シンプルに嘘をついてるからなんだろうな、と思う。人は嘘をつかれてから疑うことを覚える。生まれたときから疑心暗鬼な人はたぶんいない。だから嘘をついたら疑われることもセットなのだ。

 

家庭の事情と第三者

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「あたし、やっぱりわからない。へんだわ。あんなに伸一とマヤをほうっておいたひとが、どうして急にそんなことを言いだすのかしら。伸一とマヤはね、ちょうどこんなに寒い冬の真夜中に、寝巻きを着ただけで小岩の駅前で石けりをして遊んでいたのですよ。どうしてだと思います。あたしはあいつのところにでかけて行くあなたのあとをつけていたの。伸一とマヤは夜中になってもあたしが帰ってこないから駅前まで迎えにきていたんですよ。あなたはそのとき・・・・」

 

  トシオミホ夫妻には長男・伸一次女・マヤの二人の子供がいた。トシオは小説を書いたり非常勤講師として何カ月か教職についたお金で家族を養っていたが、生活は苦しく妻のミホは内職をしながら少ないお金で家計のやりくりをしていた。

 

 しかし実はトシオには愛人がおり、その女との遊びや女の病院代などに費用を使っていたのだ。家計の苦しいやりくりはもちろん、二人の子供の面倒まで全てをミホに預けトシオは遊んで暮していた。トシオが正直に当時の心境を綴っていた日記を発見したミホはトシオの浮気を自分の足で確かめ、目で確かめ、よそ様の力も借りて確信し、そして狂い始める。

 

 トシオは罪を認めミホに謝罪するが、ミホは不定期にトシオの矛盾点に気付き「済んだこと」にすることができない。トシオはミホに責められてようやく自らの愚かさに気付くも謝ったところで犯した罪は消えない。

 

学生のころの或る日から、きたないことばかり考えはじめた。だが私はみたされたことはない。そこに傾く姿勢がリアリストに見せかけることができると思いこんでいた。妻の服従を少しもうたがわず、妻は自分の皮膚の一部だとこじつけて思い、自分の弱さと暗い部分を彼女に皺寄せして、それに気づかずにいた。

 

  トシオがちょっと咳きこんだだけでも異常なほど心配し介抱するミホだった。ミホにとってトシオは絶対的な存在であったのだ。

 しかしトシオ自身は自分の汚さを自覚しており、ミホの願望はまやかしで自分はそれほど出来た人間ではないことを自負していた。

 しかしミホが望むなら自分は絶対的な存在として君臨し続けようと思ったのか、それともここまで人が自分をそう見てるなら汚いと思っているのは間違いだと思ったのか、はたまた自分を崇拝するミホに対してどこまでの裏切りなら通用するか試したのか、トシオは自ら地獄の扉を開いたのだった。

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妻の発作を少しでもおさえるために鈴木を道連れにし、一緒に住むことまで考えていた。誰かほかのひとがいると妻の発作はひるんだから、私はその状態をなんとかしてつくろうとする。 

 

  ついにミホを精神病院に連れていくトシオだったが、医療機関に頼ることは自分の罪の告白とセットである。意を決して自分の不道徳でミホが神経を痛めたと説明すると、ミホが恥知らずと怒る。

 トシオ自ら「自分の弱さと暗い部分を彼女に皺寄せして」と語るように、トシオは暗い病院に閉じ込められるミホを自分の片割れのように感じ突き放せない。医者や看護師は「入院させた方がいい、これじゃ先にあなたがイカれてしまう」と助言するも、トシオは悩む。

 

 しかしトシオ自身は自らを責められる可哀相な人間にするため、ミホを暗い底に突き落とした感覚があるので悲しむミホを退院させ第三者を二人の間に介入させることで生活を再開させようとする。だが、新しい生活を始めてもトシオの愛人がやってきてミホを狂わせる。ついにミホはその女を家に監禁しトシオに暴力を強要するのだった・・・。

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 「彼女を神様ではなくただのソーニャに戻してあげて」というのは先日観た映画で出てきた台詞ですが

「幸せなひとりぼっち」の記事を読む。

 女は男を立てろ、的な説があるけれど、女だろうが男だろうが愛する人の役に立ちたいとは思っても神様にされちゃうとキツイんじゃないかな、と思います。最初は嬉しくても、後々「こいつが私を神様みたいに持ち上げたから私は耐えきれなくなったんだ」的な恨みに発展すると思う。

 

 本作での私の解釈はミホはトシオに全てを明け渡したことが罪だし、トシオは自分の問題をミホに上書きしたことが罪だと思う。不道徳がどうのうっていう域を越えて他人と自分の境目がなくなっていく過程が描かれているように感じます。

 女も男も人間であって神様じゃないんだから、他人を愛せても他人の人生を自分の人生にすることはできない。そんなことされたら重すぎて潰されるし、しちゃった方は空っぽになって自分で渡したのに相手を恨むことになる。

 世の中色んな解釈があって「男は頼られるのが好き」とか「甘え上手が愛される♡」とかあるけどさ、それが事実だとしてそこに「愛」はあるのかい?と思ってる。とはいえ本作の二人はこれはこれで二人でお互いのセラピーをしてるように感じたのでこういう愛もあるのかな?と思うけど、オススメはしない。棘は抜くのも痛いから。