《内容》
現代韓国文学の人気作家・パク・ミンギュのロングセラー短編小説集。洒脱な筆致とユーモアあふれる文体で、主人公の若者たちを取り巻く「就職難」「格差社会」「貧困の様相」etcを描きながら、彼ら彼女たちに向ける眼差しを通して、人間存在への確かな信頼感に溢れるチャーミングな短編集。日本語版には「朝の門」(2010年、李箱文学賞〔日本の芥川賞と並び称される〕受賞作)を特別収録。
私の友達が
「本屋で出会った本は後で買おうとか思わないで絶対買った方がいいって何かで読んでそう思った。本との出会いも一期一会で、もう二度と出会えないかもしれなくて永遠に探すことになるかもしれない。だからこれからは古本屋でまず探そうと思わずに出会ったら買おうと思う」
と、ついこないだ言っていた。
私が「カステラ」と出会ったのは、たぶん7年くらい前になる。渋谷モディの本屋だった。パラっとページをめくって一文読んだか読んでないかくらいのところで、友達に「もう行くよー」と声がかかり、慌てて本棚に戻した。頭の中で「韓国のカステラ、韓国のカステラ・・・」とつぶやきながら友達の元に走っていった。
そしてそれから7年間忘れたり思い出したりしながらついに2021年に手に取ることになったのだ。
韓国の就職戦争物語
一見手当たり次第のようだが、しかしこれは明確な原則に則っている。原則は二つだー大切なもの、あるいは世の中に害悪を及ぼすもの。
タイトル「カステラ」は、男子大学生が買った冷蔵庫がひどくうるさかったことから始まる。彼は最初冷蔵庫の修理を頼んだが直らず、自ら冷蔵庫の歴史を学んでいく。そうこうしているうちに冷蔵庫の騒音が彼の一人暮らしの寂しさを紛らわし、冷蔵庫が長年腐敗との戦いを行っていたことから、冷蔵庫の騒音は、この腐った世の中への不満なのだと思うようになる。
そうして彼は冷蔵庫を使いこなすことを目標にする。
冷蔵庫の中に腐った卵と新鮮な牛乳があるように、自分にとって有益なものと害悪なものを放り込んで過ごすのだ。そうやってアメリカだの中国だの母親だの父親だのを冷蔵庫にどんどん入れていったある夜、冷蔵庫の騒音は止み、冷蔵庫の中には白い皿に一切れのカステラだけが生まれた。
彼はそのカステラを噛みながら涙を流した。
というのが、「カステラ」のお話。独特な表現なのでついていける人とは?って思う人で分かれそうですが、内容はかなりシンプルかつ分かりやすいと思います。
短編集って同じ主題で違うストーリーをいくつも書いてると思うのですが、この作品は分かりづらくてわかりにくい。まさに独特のスタイルでした。
私が好きな部分の引用をしていきます。
もう少しだ。後悔はない振り返ってみたら、特にやりたいこともない青春だった。競争相手は多く、就職は難しく、世の中はめちゃくちゃだ。もう少しで、もう少しで、もう少しで終わるんだから。もう少しで、僕はあの虚空の彼方ーほんの一点の大きさである着地点の上に、無事に着地するのだろうから。
(ありがとう、さすがタヌキだね)
二学期の学校はひどくざわついていた。仕事がないんだと先輩たちは異口同音に言い、そうでなくとも世の不況は誰もが知っていた。資格をとっても役に立たず、また、情報産業高校と名前を変えたら就職率が上がるだろうという思惑もはずれた。何もかも噂にすぎなかったのだ。先輩たちはがっくりし、相変わらず雲は流れ、僕は喉がからからだった。この世は一本の電車だ。一車両の定員は百八十人。しかし実際は四百人が乗らなければならないー
(そうですか?キリンです)
あまりにもしょうもないですよ。そう思いません?そして世界を支えているという三頭のゾウ、を支えるカメみたいなものが、一日中ぴくぴくとうごめいているような気がしてきたんだ。この世界って、いったいどうなってるんだろう。熱帯魚店の主人と話しているときも、僕はそんな考えにふけっていた。
(どうしよう、マンボウじゃん)
便秘のせいで夫婦喧嘩をします。私たち夫婦は二人とも便秘なんです。私は個人タクシーの運転手をやってますが、家に帰るたびにイライラしてしょうがないんです。特に家内がトイレから出てこないと理性を失っちまうんですよ。最近、これは便秘のせいではないかと疑うようになりました。昼間はずっと渋滞に苦しんでいます。人生は、もう、たまらんです。
(ヤクルトおばさん)
韓国の暮らしのストレスをユーモアたっぷりに描いた作品、というのが印象です。
「世界を支えているという三頭のゾウ」はアメリカ・中国・日本ってとこですかね。で、それを支えているカメというのが他の国であり韓国。
頑張ってインターンを競い合った。この就職難の中、就職を勝ち取った社員はタヌキになって会社をやめた。
就職が目的になって自分の意志だとか欲望だとかをどこかに閉じ込めたものが人間で、本当の姿はタヌキだったりする。
現実に嫌気がさして、だけどそれでも生きてくためにうんざりしながら働くしかない。そういう内容なのですが、タヌキだのキリンだののおかげでそこまで暗くならずに読める作品になっています。
日本だとこういう暗い内容をここまで感動ではなくユーモアたっぷりに書いてる作品に出会ったことがないので新鮮でした。
最後の李箱文学賞を受賞した「朝の門」は自殺しようとしている青年の窓から今まさに出産している一人の女が見える、という話。この世を去ろうとしてる人間とこの世に誕生しようとしている人間の対比を描いた生命を感じる作品になっていて、何とも言えず心を動かされる作品でした。