深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

【映画】シェイプ・オブ・ウォーター~この世界が全てじゃないし、マイノリティは弱者じゃない~

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≪内容≫

 1962年、アメリカ。政府の極秘研究所で清掃員として働くイライザはある日、施設に運び込まれた不思議な生きものを清掃の合間に盗み見てしまう。“彼"の奇妙だが、どこか魅惑的な姿に心を奪われた彼女は、周囲の目を盗んで会いに行くようになる。幼い頃のトラウマからイライザは声が出せないが、“彼"とのコミュニケーションに言葉は必要なかった。次第に二人は心を通わせ始めるが、イライザは間もなく“彼"が実験の犠牲になることを知ってしまう。“彼"を救うため、彼女は国を相手に立ち上がるのだが――。

 

 デルトロォオオオ!

 ほんとデルトロ作品大好きで結構見てるんだけど、デルトロ作品の特徴として決して主人公が強いわけじゃないんですよね。主人公は割と弱者的立ち位置なのですが、隣人や友達や幽霊が助けてくれたりする。

 だからほとんどの場合主人公が死ぬエンドだったりするんだけど悲壮感がなく儚い美しさとして残る。デルトロほんと好きだ・・・。

 

 人に理解される必要はない

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  本作はデルトロ作品の中でも「パンズ・ラビリンス」「永遠のこどもたち」「Mama」あたりが近いと思う。その中でもやはり絵の色合い的には「パンズ・ラビリンス」に雰囲気は似てる。美しいけれど古びた感じが。

 

 主人公・イライザは孤児で小さい頃首を傷つけられた影響で声が出ない。会話は手話のみで研究所の清掃員をしている。(おそらく)天涯孤独で、親しいのは同じ清掃員のゼルダアパートの隣人であるゲイのジャイルズだけだ。

 

 イライザは清掃員の仕事に合わせて日常を機械的にこなしている。けれど、彼女には性欲がありテレビの中の音楽やロマンスに興味もあった。しかし彼女のコミュニケーションツールは手話のみで、手話で会話してくれる恋愛相手など見つからない。孤独を感じながら生きる彼女の元に不思議な生き物がやってきた・・・。

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  これはR18なんですが、R18にする必要あるのか?と言われると画的には必要だと思うけれど内容的にはまったく健全な作品だと思います。

 だって、人って性欲があったら純粋じゃないってわけじゃないし、性欲を持っている人間が相手と心を交わしたって不純にはならないじゃないですか。

 

 イライザは激しい欲望を持つ一方で、純粋に彼を見つけたことを喜びます。

 この作品の背景は1962年のアメリカということなので、孤児で発音障害のイライザ、ゲイの隣人ジャイルズ、黒人のゼルダ三人はマイノリティであると考えられます。

 

 世間的に受け入れられない三人は、マジョリティ側からしたら"欠けた"人間です。その欠けた部分を見つけ出して正常に戻らなければならない、もしくはその欠けた部分を恥や罪として一生意識しなければいけないような空気が今よりも濃厚に62年のアメリカには漂っていたことでしょう。つまり、ありのままでは欠陥人間的なわけです。

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  イライザは声が出ない自分そのものを受け入れてくれた彼に対して愛情が込み上げてきます。そしてイライザの変化はゼルダやジャイルズも変えていく・・・。

 

 デルトロ節とも言えるのが、「現実世界だけがすべてとは限らない」という部分だと私は思っていて、その部分がすごく好きなのです。

 上記にあげた三つの作品と本作はどれも別世界ENDなんですが、それはこの世界では「死」を表しますが、他の世界でどうかなんてわからなくないですか?

 

 デルトロの不思議な魅力は、どんなことがあってもこの世界で頑張れ、と言わないところで、別の世界に行ってもそれは逃げでもなんでもなくて、ただもともと生まれた場所が間違ってただけなんだよって、ただそれだけなんだよって言ってくれてるような気がするところです。

 

 人は弱い人間を「弱い」とか「かわいそう」とか「助ける」「救う」とか言ったりする。でも何を持ってして「かわいそう」なんだろうな?と私は思ったりする。そう思うのは、ただ自分たちがこの世界のマジョリティ側に偶然立ってるからに過ぎないのに。

  自分が生きてる時代にデルトロの作品があること、ほんとうに幸せに思う。