≪内容≫
学歴、仕事、家庭。自分の能力で全てを手にいれ、自分は人生の勝ち組だと信じて疑っていなかった良多。
ある日病院からの連絡で、6年間育てた息子は病院内で取り違えられた他人の夫婦の子供だったことが判明する。血か、愛した時間か―突き付けられる究極の選択を迫られる二つの家族。
今この時代に、愛、絆、家族とは何かを問う、感動のドラマ。
無償の愛は親から子供へ、ではなく子供から親なのです、というのはこの本で描かれていたことですが
「誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち」の記事を読む。
親が子供を能力や自分の遺伝子や可愛い可愛くない、自分の子供だからしょうがない、と色んな理由で愛したり放棄したりするのに比べて子供というのはどんなに世間からダメだと言われていようが社会的に愚かであろうが親だというだけで一直線に愛するのです。それが如実に分かる一作。
無償の愛は子から親
エリート会社員の野々宮良多は妻と息子と三人家族で、勝ち上がっていくことこそが幸せだと思っていた。息子・慶多にも幸せになって欲しいと私立小学校を受験させたりピアノを習わせたりするが、慶多は自分のような野心や負けず嫌いと真逆のおっとりとしたやさしい子供であった。良多は慶多の優しさは長所ではなく短所でありこの世界を生き抜くには弱い、と不満を感じていたところに慶多を産んだ病院から子どもの取り違えの対象者の可能性があるとの一報が届く。
DNA鑑定の結果、自分たちと血の繋がった息子は小さな電気屋を営む斎木家の琉晴だと判明した。良多は結果に愕然とするもそれなら慶多が自分の持っている資質を受け継いでいないことにも納得がいくというロジックで現実を受け入れていく。
さらに相手となる斎木家は他に二人の子供がいて家計も楽ではなく、子どものとり違いよりも慰謝料に関心を持っていた。その姿をありのままの真実であると疑わなかった良多は二人とも自分たちが育てると言うが「金で子供を買うのか」と予想に反して相手を激昂させてしまう。
良多以外の三人が、これからの未来よりも積み重ねてきた子どもとの時間を大切にしているのに反して良多はこれから先どんどん子どもが自分たちと違う顔の人間に育っていくことを恐れる。
血の繋がっていない子供を今まで通り愛せますか?
愛せますよもちろん
似てるとか似てないとか
そんなことにこだわってるのは
子供と繋がってるって実感のない男だけよ
大人同士の話し合いでは折り合いがつかず、良多の思い通りに動くのは息子の慶多だけだった。慶多だけは良多の意見に逆らわず、かといって肯定することもなくただ受け入れるのだった。
良多は今は三人とも反対しているが子供たちが大人になれば自分が正しかったのだと分かるときが来る、と信じ慶多を斎木家に渡し琉晴を自分たちの子供とした。しかし琉晴は元の家に帰りたいと涙する。慶多が良多に禁止したことをいとも簡単に琉晴は破ったのだ。
良多は二つの家族で合同に撮った写真を見返す。するとそこには自分が知らない自分が映っていた。それは自分の後ろ姿や眠っている姿など慶多を見ていない自分の姿だった。そこでようやく慶多が父が振り向いてくれなくても父の後ろをずっとひたすらについてきていたことと、自分がいかに慶多から目をそむけていたことを知ったのだ。
慶多のピアノが上達しないのは慶多の努力不足だと思っていた。しかし受験に受かったのは慶多の努力の成果だとは思わなかった。だが、慶多の機転の嘘で受験に受かったことは明白で、似ている部分が少なくとも慶多は良多に欠けている素質をもって良多の希望を全身で叶えていたのだった。
子供はもちろん他の三人の大人たちも頭でっかちの良多を排除したり否定するのではなく見守って結果的に受け入れてる。社会的な勝ち組があるとして、その勝ちを支えているのは本人の努力だけではなく周りも関係しているのだ。
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